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量子誤り緩和QEM及び量子誤り訂正QECに関する論文レビュー

Ⅺ モジュラー・アプローチに適したQEC符号とは?
【0】はじめに
 量子誤り訂正符号界隈では24年春頃から、「表面符号から、(IBMが推す)qLDPC符号🐾1や(グーグルが推しているかもしれない)カラー符号、あるいはその他符号へ」と関心の重心が移ろっているように思われる。そういう状況下で、英Nu Quantum🐾2の研究者は、「分散量子計算(モジュラー・アプローチ)において、有効な量子誤り訂正符号を提案」した論文[*75](以下、本論文)を発表した(25年1月23日@arXiv)。分散量子計算(分散量子コンピューティング)は、こちらを参照。
 ただ本論文の問題意識は、IBMやグーグルとは、やや異なると思われる。あくまで、量子誤り訂正(QEC)符号を議論する際に、 モジュラー・アプローチに適したQEC符号という評価軸が必要ではないか?という問題意識と思われる。
🐾1 LDPC符号は、低密度パリティ検査符号。qLDPC符号は、量子LDPC符号。
🐾2 英ケンブリッジ大学キャヴェンディッシュ研究所発スタートアップ。当初は、量子安全通信に焦点を当てて事業展開していたが、量子演算処理装置(QPU)を繋いで量子コンピューターのスケールアップを実現させるというビジネスにも手を拡げている。住友商事が出資している(プレシリーズA)。

【1】本論文の主張
 本論文は、以下を主張する:
(0) 双曲フロケ符号🐾3は、分散量子計算(モジュラー・アプローチ)における量子誤り訂正に適している。
(1) 脱分極ノイズ・シミュレーションの結果から、双曲フロケ符号に符号距離スケーリングが認められる。
(2) 半双曲フロケ符号🐾4はエンタングルメント蒸留なしで、最大1.3%の非局所ノイズに耐えられることが示された。
(3) 半双曲フロケ符号🐾5を用いた場合、32論理量子ビットのQPUが120個あれば、100万回の論理演算が可能と推定される🐾6
🐾3 双曲平面上で構成されるフロケ符号を、本稿では「双曲フロケ符号」と呼称する。双曲平面は【2】(1)1⃣を参照。フロケ符号は【2】(2)を参照。
🐾4 細粒化した双曲フロケ符号を、本稿では「半双曲フロケ符号」と呼称する。正確に言うと、データ量子ビット数64、細粒化レベル3の半双曲フロケ符号を用いた。細粒化については【2】(3)を参照。
🐾5 正確に言うと、データ量子ビット数400、細粒化レベル3の半双曲フロケ符号を用いた。
🐾6 局所的な誤り確率10−4及び非局所的な誤り確率5×10−3を想定している。これらの値は、現実的な数値である。文言の意味を含めて、詳細は【4】(2)を参照。

【2】事前整理
(0) 分散アーキテクチャ(モジュラー・アプローチ) 
0⃣ モジュラー・アプローチ ✖ 表面符号 
 産業応用に必要な数百万量子ビットを実現するためには、小規模な量子演算処理装置(QPU)を量子チャネルで相互接続する分散アーキテクチャ(モジュラー・アプローチ)🐾7が有望である。モジュラー・アプローチの一つとして、各量子プロセッサが別々の表面符号パッチを保持するセットアップを考慮するというアプローチがある。このアプローチでは、ネットワークは、マルチ量子ビットの論理演算にのみ使用される。このため『各量子処理装置(QPU)の端で、論理誤りが発生』する可能性がある。これは、通信量子ビットで論理誤りが発生しやすくなることを意味する。論理誤りを拡散させるようなもの(例えて言うなら、がん細胞の転移を促進するよううなもの)であり、これは明らかに問題である。
 回避策として、各デバイスが少数の量子ビットだけを保持し、それらが一緒になって一つの符号を動作させるようなアプローチがある。これまでのところ、このアプローチは、表面符号に焦点を当てて提案されている。しかし、表面符号では、重み4のスタビライザー🐾8を非局所的に実行するために、Greenberger-Horne-Zeilinger(GHZ)状態を分散させる必要がある。このようなGHZ状態は、複数のベル状態から生成され、十分に高い忠実度を達成するためには、複数レベルのエンタングルメント蒸留が必要であると想定されるため、非局所的なベル状態の高い生成率が必要となる(ので大変である)。
🐾7 難しく言い表すとと、「論理量子計算を複数の物理的に離れたQPUに分散させ、分散ベル状態によって非局所演算を可能にする」という計算方式。
🐾8 重み4は、データ量子ビット4に対して検査用量子ビットが1という意味である。
1⃣ モジュラー・アプローチ ✖ フロケ符号ーただし、ここでは頭出しのみ 
 表面符号等と異なり、フロケ符号は、論理情報を静的に符号化するのではなく、動的に符号化する。この動的符号化の結果、フロケ符号は、(一連の)ペアごとの量子ビット測定を使って、量子誤りを検出することができる。
2⃣ モジュラー・アプローチ ✖ 「双曲」フロケ符号ーただし、ここでも頭出しのみ 
 1⃣で述べたように、フロケ符号では、測定は1組の量子ビット間でのみ行われる。ただ、本論文のフロケ符号は、双曲フロケ符号である。つまり、双曲平面上で構成されたフロケ符号である(厳密に言うと、半双曲フロケ符号である❚補足1❚)。双曲フロケ符号は-双曲表面符号も同様であるがー閉曲面❚補足2❚を実装するために非局所接続を必要とする。
 しかし、フロケ符号は表面符号と異なり、重み2つの測定にのみ依存するため、双曲表面符号よりも単純なシンドローム抽出回路を使用することができる。また、各非局所測定は、量子ネットワーク上で共有される単一のベル状態を必要とするだけである(からシンプル)。従って、フロケ符号は分散量子誤り訂正に適している、と本論文は主張する。1⃣及び2⃣で現れた文言の意味等を含めて詳細は、(2)を参照。
❚補足1❚ 半双曲フロケ符号は、半双曲平面上で構成されるフロケ符号である。半双曲平面は、細粒化された双曲平面である。細粒化は、(3)を参照。
❚補足2❚ 正確に言うと、本論文で考えているフロケ符号が構成される双曲平面は、”閉じた”双曲平面である。従って、閉曲面が出てくる。閉平面とはあまり言わないので、閉曲面という文言になっているが、閉平面と意味は同じ。”閉じた”の意味は、コンパクトで境界が無いという意味である。コンパクトとは、たった有限個のパッチ(=開集合∊開被覆)で覆いつくせるというアレである。正確に言うと、位相空間(この場合は、双曲平面である)がコンパクトとは、(位相空間の任意の)開被覆に属する「たった有限」個の開集合で、位相空間が表せることを言う。

(1) 平面上及び、双曲平面上の表面符号 
0⃣ 改めて、表面符号の概説 
 表面符号は最もよく知られた量子誤り訂正符号の一つである。高い誤りしきい値(およそ1%)を持ち、量子ビットの格子配列上に最近接相互作用のみで実装することができる。超伝導量子ビットで符号距離スケーリングも示されている🐾9。また、論理的な量子演算を表面符号上で効率的に実装する方法についても、格子手術などの技術を用いてよく理解されている。
 ただし、「最近接相互作用のみで実装することができる」の裏返しで、多数の論理量子ビットを効率的に符号化することはできない。これは、しばしば符号化率が低いと表現される。符号化率=論理量子ビット数/物理量子ビット数、である。量子ビット・オーバーヘッドが大きいとも表現される。
🐾9 符号距離を3から 5にスケーリングした場合に、論理誤りを2.31倍抑制すると推定されている。
1⃣ 双曲平面[*76],[*77] 
 代表的な双曲平面のビジュアルを言葉で説明すると、無限個の「曲がった三角形」で敷き詰められた円板、である。以下では、少し数学的に、双曲平面(hyperbolic surface:双曲曲面とも言う)を説明する。
 まず、平面とは、ユークリッド平面を指す。数学的には雑であるが、ユークリッド平面は、ユークリッド幾何学が成立している平面という理解で良いだろう。その"定義”を踏襲すると、双曲平面は、非ユークリッド幾何学(リーマン幾何学)が成立している平面である。やや難しい文言を使えば、2次元リーマン多様体であり、ガウス曲率が至るところで、-1である。
2⃣ 平面上で構成された表面符号 
 量子誤り訂正(QEC)符号の絶対王者としての表面符号は、2次元平面上で構成されている。その原型は、アレクセイ・キタエフによって提案されたキタエフ・トーラス符号模型と呼ばれるものであり、その名の通り、(2次元)トーラス上で構成されていた。トーラスは物理的な実装が難しい等の理由で、2次元平面上で実現できるように改良されたものが、現在の表面符号である。それなのに今更、符号化率が低いと非難されて、他のQEC符号に押されつつある。
3⃣ 双曲平面上で構成された表面符号
 なぜ、双曲平面のような馴染みのない舞台を導入するか?🐾10というと、シンプルに符号化率が上がるからである。 「平面上ではなく、双曲平面上で」表面符号を構成することにより、「符号化率を向上」させることが可能である。つまり、多数の論理量子ビットを効率的に格納することができる。理由はシンプルに、双曲平面の表面積が大きいためである。数学的には、ガウス・ボンネの定理を使って説明できる。
🐾10 ちなみに、IBMは、qLDPC符号を双曲空間(3次元リーマン多様体)において構築している[*78]。

(2) フロケ符号[*79],[*80] 
0⃣ 概要 
 マイクロソフトの研究者によって開発されたフロケ(Floquet)符号は、ハニカム符号である。ハニカム符号は、ハニカム格子模型(☞1⃣参照)に着想を得た量子誤り訂正符号である。マイクロソフトの研究者自身は、フロケ符号を「動的に生成された論理量子ビットを持つ符号」と呼んでいる。ちなみに、最初に論文(ver1)がarXivで公開されたのは、2021年7月である(ver2[*81]は同年10月)。
 [*81]では、トーラスの周りに巻かれたハニカム格子を使用したフロケ符号を構成している。ただ、フロケ符号の構成は、ハニカム格子の使用に拘束されない。任意の2次元カラー符号格子からも構成することができる。ハニカム格子に基づかないハニカム符号をフロケ符号と呼ぶのだと思う。
 なお、フロケ符号は、検査演算子の測定順序(時間方向の自由度)が重要🐾11であり、測定の周期的なシーケンスを使用する。この時間方向に周期的という性質から、フロケという文言が使われていると思われる。
🐾11 検査演算子の測定順序が重要であることは、ハニカム符号でも同様である。従って、検査演算子の測定順序が重要であることは、フロケ符号がハニカム符号であることに由来している。
1⃣ ハニカム符号[*82]❚補足3❚
 ハニカム符号は、量子スピン液体を実現する物理模型として、アレクセイ・キタエフが提案したハニカム格子模型から派生した量子誤り訂正符号である。ハニカムは蜜蜂の巣の意味である。ハニカム符号は、ハニカム格子模型のハミルトニアンの各項(≈検査演算子)を、”周期的に”測定することで量子情報の符号化を行う。しかし残念なことに、ハニカム格子模型のハミルトニアンの各項(≈検査演算子)は、交換関係を満たさない(anti-commute)。つまり、同時固有状態を持つことができない(論理誤りを一網打尽にすることができない)。別の言葉を使えば、通常の意味でのスタビライザーという概念は定義できない。そのため、スタビライザーを一般化する必要がある。パリティ検査に関係する量子ビット数を減らし、検査演算子の測定回路を簡素化するために、面倒くさいことをする必要がある。
 スタビライザーを一般化する枠組みとして、幸いにも、サブシステム符号という仕組みがある。
❚補足3❚[*82]
 ハニカム符号は、「測定誤り」という形態の量子誤りを考慮する必要がない。これは、もちろん測定誤りが発生しないわけではなく、測定誤りが、ランダムに発生するパウリ誤りと等価になる、という意味である。量子誤りの取り扱いはシンプルになる(ので、望ましい)。
2⃣ サブシステム符号[*82],[*83] 
 木で鼻を括った表現を使うと、「サブシステム符号は、交換関係を満たさない(anti-commute)、低重み検査演算子による測定結果の積を取ることによって、高重みスタビライザーを測定できるスタビライザー符号の一般化である」。流石にこれでは、よく分からないものの、フロケ符号をざっくり理解することを目的とするならば、数学的な意味で正確に論理展開する必要まではないだろう。
 次のような理解で十分だと思われる:通常の意味でのスタビライザーという概念は定義できないサブシステム符号では、符号空間を2つの部分空間(サブシステム)に分けることで、スタビライザーを復活させることができる。一方のサブシステムでは、通常のスタビライザーが復活する。普通に考えて、それでは、全ての論理量子誤りを検出できるはずがない。ところが不思議なことに、時間の順序(順番)を守って検査演算子(スタビライザー)を測定することで、全ての論理量子誤りを検出できる。つまり、サブシステム符号において、測定の順番は本質的に重要である。順番を守って測定することは、周期的な測定とも呼ばれる。
 周期的な測定を基に構成されるスタビライザー群を、「瞬間的スタビライザー群」と呼ぶ。別の表現を使えば、「サブシステム符号のスタビライザー群を、 瞬間的スタビライザー群と呼ぶ」。もう少し詳しく言うと、「測定の順番をつけた各検査演算子の測定終了時点におけるスタビライザー群を、瞬間的スタビライザー群という」。

3⃣ フロケ符号・詳細 
㈠ サブシステム符号と同様にフロケ符号でも、反交換関係(anti-commute)を満たす低重み検査演算子による測定が行われる。ただし、サブシステム符号とは異なり、フロケ符号では、符号の論理演算子が時間の経過とともに静的である必要はない。故に、「動的に生成された論理量子ビットを持つ符号」と呼ばれる。論理演算子は、シンドローム抽出中に定期的に時間発展する。この特性により、優れたパフォーマンスを備えた符号が実現する(らしい)。
㈡ フロケ符号(双曲フロケ符号)は、符号化される論理量子ビットの数は、物理量子ビットの数に対して線形にスケールする。符号距離は、物理量子ビット数に対して対数的にスケールする。半双曲フロケ符号にすることで、符号距離を延長することができる(☞4⃣㈡を参照)。
㈢ 表面符号を含む2次元トーラス符号のスタビライザーは重みが4である。つまり、測定量子ビット1に対してデータ量子ビット4である。別の表現を使うと、検査演算子は、4つのパウリ演算子の積である🐾12。一方、フロケ符号(ハニカム符号)は、検査演算子が 2つのパウリ演算子の積「X ⊗X、Y ⊗Y、Z⊗Z」である(別の表現を使うと、検査の重みが2)。つまり、フロケ符号を使用する量子誤り訂正(QEC)ラウンドは、3 つの部分ラウンド「X ⊗X、Y ⊗Y、Z⊗Z検査」で構成される。このためフロケ符号(ハニカム符号)では、 パリティ検査に関係する量子ビット数が減り、検査演算子の測定に要する量子回路を簡素化できること(単純なシンドローム抽出回路を使用すること)が期待できる。
 復号に関しては、最小重み完全マッチング(MWPM)アルゴリズムを使用可能である。
㈣ 重み2検査は、局所操作を使用して実行できる。分散アーキテクチャ(モジュラー・アプローチ)では、非局所重み 2検査は、単一の伝令付き🐾13共有ベル状態と局所操作を使用して実行できる。したがって、非局所エッジの数を最小限に抑えた分割グラフを使用すると、量子誤り訂正を実行するために必要なベル状態が少なくなる。このため、フロケ符号は分散量子誤り訂正に適している(と本論文は主張する)。
㈤ 論理演算は、平面上で構成されたフロケ符号(平面フロケ符号)に対しては、格子手術を使って実装できることが知られている。ただし、双曲フロケ符号を使った論理ゲート🐾14操作の理解は、不十分である。また、量子誤りが論理ゲート間でどのように伝播するか(トランスバーサルに実装できるか)は、よくわかっていない。
 魔法状態蒸留についても、よく分かっていないと思われる。
🐾12 表面符号を、検査重みが2である量子誤り訂正符号に変換することは可能であるが、ハードウェア効率が100倍悪い。つまり物理量子ビットが100倍多く必要である[*83]。
🐾13 この場合の「伝令」(英語ではheralded)とは、量子もつれの生成が成功したことを伝える、という意味である。
🐾14 この場合の論理ゲートには、非クリフォード論理ゲートは言うまでもなく、クリフォード論理ゲートも含まれていると思われる。

4⃣ 双曲フロケ符号及び半双曲フロケ符号 
㈠ 本論文の双曲フロケ符号は、双曲閉曲面上で構成されるフロケ符号である。本論文では、2次元カラー符号を活用して構成している。具体的には、負の曲率を持つ閉曲面のテッセレーション(タイル張り)を利用することで、構成される。双曲フロケ符号では、符号距離を大きくすることで、同時に論理量子ビット数が増加し、量子誤り抑制が向上する。従って、このアーキテクチャでは、より多くのQPU(各QPUは、同じ固定数の量子ビットと非局所接続を持つ)を使用することで、任意の符号距離への符号スケーリングをサポートすることができる。
 双曲表面符号と同様に双曲フロケ符号も、閉曲面を実装するために非局所接続を必要とする。双曲平面上で構成する量子誤り訂正符号の検出には、より深い回路と、非平面性接続が必要である。
㈡ 半双曲格子から派生したフロケ符号(半双曲フロケ符号)も構築する。 半双曲フロケ符号は、細粒化した双曲フロケ符号である。双曲符号を細粒化(☞細粒化については、(3)を参照)すると、その表面に平面パッチが追加されるため、生成された符号ファミリは半双曲型と呼ばれる。細粒化では格子の位相特性が保持されるため、符号化率は変化せず、符号距離は最大でO(√n)まで増加できる。誤差を指数的に抑制できる距離スケーリングの改善につながる。
㈢ 双曲フロケ符号及び半双曲フロケ符号は、平面ユークリッド・アーキテクチャの、幾何学的に局所的な接続を使用して実装することはできない。代わりに分散アーキテクチャを使用すると実装可能である。

(3) 細粒化 
 一般論として、「物理量子ビット数、論理量子ビット数、符号距離」が、全てほぼ同じ割合で増加するような、効率的に拡張できる量子誤り訂正符号を見つけることが望まれる。フロケ符号は、細粒化(fine-graining)🐾15と呼ばれるプロセスにより、符号化率と符号距離のトレードオフを調整して、量子ビットの追加を犠牲にして符号距離を改善できる。このような符号(今の場合、フロケ符号)は、ある特定の物理誤り率に対して、平面表面符号の複数のコピーを使用する場合と比較して、より少ない物理量子ビットを必要とすることが示されている。
 細粒化を実行するには、まず格子の双対から始める。双対格子では、頂点は最初の格子の面上に配置され、辺はそれらの間に描かれる。その結果、元の格子の頂点上にある量子ビットは、双対では三角形で表される。細粒化では、これらの三角形をさらに三角形に分割する。つまり、双対グラフの各三角形は、サイズ f の三角形で囲まれた内部三角形格子に置き換えられる。細粒化のレベルは、f を増やすことで上げることができる。半双曲格子は、この細粒化された格子の双対を取ることで得られる。
🐾15 細粒化という正式な訳語があるわけではない(と思われる)。本稿で、便宜上、細粒化とした。

【3】本論文における技術要素 
(0) 基本的な思考の流れ(推測) 
 そもそも論として、量子誤り訂正符号の選択指標・評価指標に、モジュラー・アプローチに対する適性を考慮しなくて良いのか?という問題意識があると思われる。その問題意識をもって、(平面)表面符号を眺めたとき、まず、符号化率が低いということで、平面表面符号から双曲平面表面符号に移行している。しかし、表面符号は、通信量子ビットで論理誤りが発生しやすいため、次に、双曲平面表面符号から双曲平面フロケ符号に置き換える。もちろん、これは、双曲フロケ符号及び半双曲フロケ符号が、モジュラー・アプローチで実装可能であることを承知した上で、行っている。最後に、符号距離を伸ばす目的で、双曲フロケ符号から、半双曲フロケ符号に移行している。

(1) アーキテクチャ 
 本論文で提案された、高レートの量子誤り訂正符号に必要である疎な非平面量子ビット接続グラフをサポートする「分散量子誤り訂正アーキテクチャ」は、4つの主要コンポーネントから構成される。第1のコンポーネントである「量子演算処理装置(QPU)」は、計算量子ビットをホストし、局所的な量子演算を実行する。第2のコンポーネントである「量子ビット・光子インターフェース(QPI)」は、量子ビット(QPI量子ビット)と光子(QPI光子)とを、エンタングルする役割を果たす。第3のコンポーネントである「スイッチング層」は、任意の数のQPIを多重化する手段を提供し、光子をフォトニック・ベル状態測定(BSM)ステーションに向かわせる。BSMステーションが、第4のコンポーネントである。BSMは、QPIのペア間でエンタングルメント・スワッピングを行う。
 一旦、2つのQPI量子ビット間でエンタングルメントが確立されると、QPI量子ビットをそれぞれのQPUからの計算量子ビットと相互作用させる必要がある。これは、超微細相互作用や双極子相互作用を利用した固体プラットフォームでは可能であり、原子プラットフォームではQPIとQPUの領域をシャトリングすることで実現できる。
 QPI量子ビットは、誤り訂正符号を実装する際の補助量子ビットとしてのみ使用する。そのような運用により、成功するまで非局所的なエンタングルメントの試みを繰り返すことで、光子損失の影響を緩和することができる。こうして、忠実度の高い非局所ベル状態を提供することができる。QPIから検出器までの光量子効率をηとすると、エンタングルメント・スワッピングによって非局所ベル状態が生成される確率は、η2/2である。効率的で低損失なコンポーネントは、より高い非局所エンタングルメント生成速度をサポートし、(一般的に)量子誤り訂正性能を向上させる。

(2) ノイズモデル
 本論文では、量子誤りの主な原因は、不正確な量子ビットゲートの調整ではなく、制御されていない環境または量子ネットワークから発生すると想定している。したがって、量子誤りモデルは、脱分極チャネルの観点から定義されている。つまり、脱分極誤りを想定しており、クロストーク誤りや相関誤りは、無視できると想定している。さらに、論理量子ビットの「準備と測定」は、完璧である(つまり、準備と測定において量子誤りは発生しない)と想定している。
 なお、測定誤りが発生しないという想定は、フロケ符号(ハニカム符号)であれば、理論的に正当である。☞❚補足3❚を参照。

【4】評価結果
(0) セットアップ 
 言わずもがなであるが、あくまで、量子メモリ実験に対する量子誤り訂正である。つまり、論理演算に対する、量子誤り訂正ではない。双曲フロケ符号及び半双曲フロケ符号の論理誤り率を数値的に推定している。量子回路は、Stimを使用して構築およびシミュレートされた。
 双曲フロケ符号は、H64 および H400である🐾16。64あるいは400は、データ量子ビット数が64あるいは400であることを指している。半双曲フロケ符号は、細粒化レベルは H64が{2,3,4}で H400が{1,2,3}である。例えば、H64で細粒化レベル2の場合、半双曲フロケ符号は、H64-f2と表記される。細粒化レベルについては【2】(3)を参照。
🐾16 フロケなのでFを使っても良さそうだが、細粒化でfを使うので、ハニカムのHを当てているのだろう。

(1) 論理誤り率及び誤り抑制係数
0⃣ セットアップ 
 量子メモリ実験全体の論理誤り率(LER)は、H64あるいはH400によって符号化された、10論理量子ビットあるいは52論理量子ビットの内、誤りが発生した論理量子ビットの割合である。スタビライザー測定は、パウリZ基底による測定である。検出ラウンドは QECラウンド×2(=3サブ・ラウンド×2)=6サブ・ラウンドで構成される。検出ラウンドあたりの論理誤り率εLは、
     LER=0.5×[1-(1-2×εL)r]
から逆算して算出される。rは検出ラウンド数である。さらに、誤り抑制係数Λは、
     εL=定数×Λ-(d+1)/2
から逆算して算出される。dは、符号距離である。
❚符号化率の試算❚
 H64の場合、データ量子ビット数64で論理量子ビット数10である。検査重み2(→データ量子ビット2に対して測定量子ビット1)を鑑みると、物理量子ビット数は、64÷2/3=96である。従って、この場合の符号化率は10/96=10.4%となる。同様に、H400の場合は、52/(400÷2/3)=8.7%となる。
 ちなみに、東芝(兼理研)の後藤隼人氏が開発した、多超立方体符号の符号化率は、30%とか44%という値を叩き出している。そして、比較対象となる従来の代表的な符号化率として、1.6%(比較対象が30%)、約6%(比較対象が44%)が上げられている[*84]。
1⃣ 検出ラウンドあたりの論理誤り率εL 
  本論文では、検出ラウンド数は10、20、30、40、50及び60の結果が図示されている。以下は、30及び60の場合の値のみを示す。
㈠  H64 
 検出ラウンド数30における、H64-f2のεLは、およそ5×10-2である。H64-f3は、およそ5×10-3。H64-f4は、およそ1×10-3である。検出ラウンド数60だと、H64-f2のεLはおよそ1.5×10-1。H64-f3は、およそ1.5×10-2、H64-f4は、およそ2×10-3である。
㈡ H400 
 検出ラウンド数30における、H400-f1のεLは、4~5×10-1。H400-f2は、およそ2×10-2。H400-f3は、3~4×10-4である。検出ラウンド数60だと、H400-f1のεLは、およそ5×10-1である。H400-f2は、4~5×10-2。H400-f3は、およそ7×10-4である。である。
2⃣ 誤り抑制係数 
 H64の場合は、2.841±0.22である。H400の場合は、3.786±0.14である。実機ではなく、あくまでシミュレーション結果に過ぎないが、論理誤り率を指数関数的に強く抑制できる可能性を示している。符号距離スケーリングが認められる。
 表面符号では2.31と推定されている。実機を使ったグーグルの実験によって、カラー符号で1.56という数値が出ている(こちらを参照)。

(2) リソース推定 
 本論文は、100万回の論理演算(MegaQuOp)に相当する長さの、量子メモリ実験に必要なリソースを推定している。局所的なノイズによって、物理量子ビットは、双曲フロケ符号の各検出ラウンドにおいて確率plocalで1量子ビット誤りを経験する。確率plocalが局所的な誤り確率であり、10−4と固定されている(1-99.99%=10−4)。同様に、局所的なノイズによる誤り確率pnon-localを定義することができる。これが、非局所的な誤り確率であり、5×10−3に固定されている(1-99.5%=5×10−3)。
 H400 は 52 個の論理量子ビットを提供するため、それぞれが 50%の確率で失敗する検出ラウンドを必要とする106個の論理演算を実行するには、106/52 = 19230回の検出ラウンド後に、成功率が exp(ln(0.5)/104) = 99.3% を超える必要がある(2QECラウンドなので、52×2=104)。これは、検出ラウンドごとに 3.5×10-5の失敗率(ママ🐾17)を意味する。
 H400-f3は、量子ビット・光子インターフェースを備えた120 個未満の32 量子ビットデバイスで 3800 量子ビットを使用してこの要件を満たす(120×32=3840)。つまり、32論理量子ビットのQPUが120個あれば、100万回の論理演算が可能と言っている。
🐾17 普通に計算すると、1-(99.3%)1/19230=3.47×10-7になる。

(3) しきい値 
 (擬似)しきい値の推定も行われている。局所的および非局所的ノイズプロセスという2つの要因を考慮している。具体的には、H64-f3と物理量子ビットの誤り率を比較することによって推定を行っている。なお、測定結果に基づいて論理誤りを予測するために、クリフォード回路シミュレータStim及び、MWPMアルゴリズムに基づく復号器パッケージPyMatchingを使用している。
 シミュレーション結果から、半双曲フロケ符号(H64-f3)はエンタングルメント蒸留なしで、最大1.3%の非局所ノイズに耐えられることが示された。局所ノイズは、0.015%(1.5×10-4)である。

【5】考察
(1) Nu Quantumは、本論文の内容について触れた該社サイト[*85]にて、次のように宣言している。
❑ モジュラー・アプローチによる量子コンピューティング・システムの分散型QECは可能。
❑ 量子誤り訂正された分散型システムのネットワーク要件は実現可能。
❑ 分散型QECは、他のQECと同等以上の効率性がある。
❑ 99.5% のエンタングルメント忠実度の相互接続が、誤り耐性マシンを構築するのに十分なパフォーマンスを提供することが明らかになった。

(2) QEC符号として残っている課題(☞【2】(2)3⃣㈤を参照)は別として、(1)の結果は一部、検出ラウンドごとの失敗率3.5×10-5に依存している。この数値は、計算誤りのような気もしているが、もしそうなら、結論は、どう修正されるのだろうか?

Ⅻ 消失量子誤り訂正に連なるtesseract符号
【0】はじめに
 弊社は、量子誤り訂正の本命を、消失量子誤り訂正(☞こちらを参照)と考えているーなお、 消失量子誤り訂正という文言は一般的に認められた文言ではない。少なくとも24年央頃までの一般的な認識🐾1では、量子誤り訂正符号の絶対王者は、表面符号であった。カラー符号は序列2位であり、qLDPC符号は注目を集めつつある序列3位であった。そして、ボソニック符号は、あくまで「化ける可能性はある」という位置だったと思われる。
 カナダの量子コンピューター開発スタートアップNord Quantiqueは、それに真っ向から異を唱える❚補足1❚。彼らは、ボソニック符号の一つであるGKP符号(GKP量子状態を使った量子誤り訂正符号。以下、GKP符号)こそ、誤り耐性量子計算を実現するとの立場をとる。Nord Quantiqueの研究者は25年5月28日、「マルチモード・グリッド符号に対して、概念からスケーラブルな実装へと橋渡しを行った」テクニカル・ペーパー[*93](以下、本TP)を発表した。なお、シングルモード(単一モード)グリッド符号=(単一モード)GKP符号である。また、Nord Quantiqueが採用するマルチモード(複数モード)グリッド符号は、正確には、tesseract符号(☞【2】(3))と呼ばれる2モード・グリッド符号である。
 Nord QuantiqueがGKP符号を推す理由は、主に以下の3つである(と思われる)。
㊀ 他の量子誤り訂正(QEC)符号に比べて、ハードウェア効率(符号化率)が高い。
㊁ GKP符号は、損益分岐点を越えている❚補足2❚
㊂ (他の)QEC符号と組み合わせることができる❚補足3❚
 以下『概念からスケーラブルな実装へと橋渡し』について、その中身を書き下す(☞【3】)。複数モード・グリッド符号並びにtesseract符号については、米イェール大学の研究者による22年3月7日の論文[*94]及び、Nord Quantiqueの研究者による24年9月9日の論文[*95]を基に、整理する(☞【2】)。なおtesseractとは、4次元立方体のことである。
🐾1 例えば、以下を参照:https://www.riverlane.com/quantum-error-correction-report-2024
❚補足1❚ 
 複数モード・グリッド符号の一種であるデュアルレール符号は、AWS(アマゾン)及び米Quantum Circuitが担いでいる(ので、有望と考えているのだろう)。言わずもがなであるが、両社とも、モダリティは超伝導である。AWSの取り組みは、こちらを参照。米Quantum Circuitによる取り組みは、[*96]を参照(ただし、オープンアクセスではない)。Quantum Circuitのデュアルレール符号は、共振器を2つ使うところに特色がある。
❚補足2❚ 
 24年9月の論文[*95]によると、損益分岐点を越えたQEC符号は、GKP符号(イェール大他・22年11月@arXiv)に加えて、表面符号(グーグル・24年8月@arXiv)、猫符号(イェール大2016年2月@arXiv)、二項符号(中国・南方科技大学他・23年4月)のみである。つまりQEC符号という意味では、ややトリッキーなQuEra他の成果(23年12月@arXiv→こちらを参照)は、損益分岐点を越えていないことになっている。
 なお、カラー符号も損益分岐点を越えている(24年12月)。こちらを参照。
❚補足3❚ 
 GKP符号を含むボソニック符号の「符号」化は、QECに有利な「特定の量子状態」に古典的な情報を、「情報符号化」するという意味である。猫符号は、(シュレーディンガーの)猫状態を使うし、GKP符号は、グリッド状態を使う。従って、ボソニック符号=(新たな)量子ビット形式、と考えると肚落ちが良い。そうすると、ボソニック符号に対して、QEC符号を適用可能であることも、肚落ちする。
 Nord Quantiqueは、qLDPC符号との組み合わせ(concatenate)を、一考に値すると評している。

【1】本TPの表明 
 本TPは、以下を表明する:
(1) 複数モード・グリッド符号を初めて実験的に実現した(☞【3】(2))。
(2) 2モード・グリッド符号であるtesseract符号が、サイレント論理量子誤り🐾2を抑制することを実証した(☞【4】(3))。
🐾2 誤り検出されず、(従って)誤り訂正もされない論理量子誤り。少し正確に言うと、補助量子ビットにより誘発されるサイレント論理量子誤りを抑制する(☞【2】(1)を参照)。

【2】事前整理
(1) クリッド符号:光と影 
1⃣ 概要 
 グリッド(gridあるいはコームcomb)量子状態は、ゴッテスマン、キタエフそしてプレスキル(つまりはGKP符号のG,KそしてP)によって、量子ビットを共振器に符号化するために導入された、ボソニック状態のクラスである。グリッドとは、格子のことである。代表的なハードウェア・セットアップで言うと、トランズモン超伝導量子ビット+マイクロ波共振器、である。数学的には、2つの可換変位演算子の同時固有状態と表現される[*97]。そうすると、グリッド状態を使った量子誤り符号=グリッド符号は、次のように表現される:位相空間における並進対称性を持つ格子に(離散変数の)論理情報を符号化する、ボソニック符号の一種である。単一モード・グリッド符号=単一モード・GKP符号と考えて良い。
2⃣ 課題 
 (グリッド符号を含む)ボソニック符号は、ハードウェア効率が高い量子誤り訂正符号として、誤り耐性量子コンピューターの登場時期を速めるとの期待を集める一方で、大きな課題を持っている。量子情報を電磁振動子または機械振動子の状態に保存するボソニック符号の大きな課題とは、振動子モードの量子制御に用いられる補助量子ビットの誤りが、論理誤りとして振動子に伝播し、サイレント論理量子誤りとなってしまうことである[*95→94]。
3⃣ そして解決策 
 この課題の解決策として、3つの戦略が提案されている❚補足4❚。その一つが、グリッド符号の複数モード版(調和振動子のアンサンブル)を用いる、という戦略である。
❚補足4❚ 
 ㊀グリッド状態量子ビットを、他の量子誤り訂正符号と連結する、㊁量子誤り透過(error-transparent)な補助系を使用する、㊂複数モード・グリッド符号、である。量子誤り透過とは、「符号空間と誤り空間(スタビライザー部分空間)における、状態遷移の軌跡が、量子誤り発生時において決定論的かつ同一である」という意味である[*98]。今の場合は、量子誤り透過であれば、「論理演算後に、補助量子ビットの誤りを検出・訂正することが可能となる」ことを意味する。
 なお、量子誤り透過という正式な訳語があるわではない。

(2) 複数モード・グリッド符号[*94] 
  複数モード・グリッド符号は、補助(量子ビットからの量子)誤りが、論理量子誤りではなく、訂正可能な量子誤りとして共振器モードに伝搬する確率が高いグリッド符号として設計される。論理誤りが伝搬する確率は、グリッド符号のサイズとともに減少する。単一モード・グリッド符号では、補助誤りが論理量子誤りとして伝搬する確率は、約50%である。このように、グリッド符号を複数モード化することで、グリッド符号の課題を克服できるなら、つべこべ言わずに、複数モード化すれば良いではないか、と思える。しかし、一筋縄では行かない。その訳を、以下で述べる。
 単一モード・グリッド符号を形式上、複数モード・グリッド符号に拡張することは容易である。グリッド符号は、格子の生成元(=並進ベクトル)を、スタビライザー群の生成元に関連付けることで定義される。つまり、(論理)パウリ演算子が、並進演算子と関連付けられる。並進ベクトルの要素数を2m(その時、格子のサイズは2m×2m)とした場合、m=1が単一モードに相当し、m≥2が複数モードに相当する。格子で表現すると、単一モード(つまりm=1)は2次元格子に相当し、m=2は4次元超立方格子に相当する。
 形式上は容易でも、有効なQEC符号となるように単一モードから複数モードに拡張することは、それほど容易ではない。有効なQEC符号という文脈では、並進演算子に対して可換性が要求される。この可換性は、実現可能な符号次元に制約を課す。そして、この符号次元は、格子サイズに対して体積則でスケーリングする。
 有効なQEC符号という文脈では、同時に、スタビライザーに対しても可換性は要求される。この可換性は、格子サイズに対して面積則でスケーリングする。このため、有効なQEC符号となるように単一モードから複数モードに拡張することは、容易ではない。単一モードの場合は、体積則=面積則となる特殊ケースである。
 高次元化(mを大きくする)することで、複数のノイズ源に対する堅牢性をさらに高めることができるが、実行することは難しいので、まずはm=2(2モード・グリッド符号)から始めることを考えよう。ということで、 tesseract符号の出番である。とりあえずm≥2は難しいが、m=2はそれほど難しくはない、ということにしておこう。ここで言及している「難しい」は理論的にも、実装的にも「難しい」である。本TPは、実装においてもtesseract符号を実現した(☞【3】)、という点で意義深いのであろう。

(3) tesseract符号[*94],[*95] 
 tesseract符号は、論理情報を2(つのボソニック)モードに分散させることで、単一モード・グリッド符号に対して、制御演算に対する量子誤り訂正符号の堅牢性を向上させたグリッド符号である。幾何学的に表現すると、次のようになる:GKP符号のスタビライザーは、位相空間におけるパウリ論理演算子と平行である。このような幾何構造により、特定の制御誤りが訂正不可能な論理誤りに変換されることが判明している。tesseract符号は2モードであるため位相空間を4次元に拡張できる。そうすることで、「論理演算子とスタビライザーが平行ではない」ようなスタビライザーを選択できる。従って、特定の制御誤りが検出及び訂正不可能な論理誤りに変換されることを軽減することが可能で、それ故に、制御演算に対する量子誤り訂正符号の堅牢性が向上する。
 「パウリ論理演算子とスタビライザーが平行でない」を別の形で表現すると、tesseract符号の論理演算子(~並進ベクトル)がスタビライザー・ベクトルと共線的ではない、と表現することができる。このような構造を持つため、tesseract符号では、補助量子ビット誤りが検出可能なシグネチャを残す。そのシグネチャを古典的に事後処理することによって、補助量子ビット誤りを識別・軽減することができる。
 まとめると、tesseract符号は、「特定の制御誤りが検出及び訂正不可能な論理誤りに変換されることを、完全に防ぐことはできない」。より高次元の複数モード・グリッド符号を使えば、より軽減させることは可能であるが、その実現(実装)は難しい。

(4) sBsプロトコル 
 sBsとは、small-Big-smallの略である。プロトコルとは、GKP符号の文脈においては、「量子誤り訂正(QEC)回路を、どのような変位演算子と回転演算子の組み合わせで表現するか」というデザイン・ルールを指す。この場合、主要なプロトコルは3つあり、sBsプロトコルは、その内の一つである🐾4
 本TPにおけるsBsプロトコルでは、マルチモード・エコー制御変位演算子と回転演算子の組み合わせで表現する。マルチモード・エコー制御変位演算子は、エコー制御変位演算子のマルチモード版である(☞【3】(1)2⃣参照)。エコー制御変位(Echoed Controlled Displacement:ECD)演算子は、制御変位演算子の改良版であり、エンタングルメント操作を実現する(ECDゲートはエンタングルメント・ゲートである)。ECD演算子は、変位演算子Dを使って、
     ECD演算子 = D(β)|e⟩⟨g+D(-β)|g⟩⟨e| 
で定義される。ここで、βは変位振幅、|g⟩は補助量子ビットの基底状態、|e⟩は補助量子ビットの励起状態を表す。sBsプロトコルは、理論的に最適な回復戦略から桁違いに遠いことが示されている。
🐾4 他は、Big-small-Big(BsB)プロトコル及び、Sharpen-trim(ST)プロトコルである。

【3】概念からスケーラブルな実装への橋渡し 
(0) 前説 
 概念➡「”スケーラブルなハードウェア・プラットフォーム”上での実装」への橋渡しは、以下のプロセスで構成される:マルチモード・グリッド符号(正確には、tesseract符号)の状態準備+量子誤り訂正の実証。”スケーラブルなハードウェア・プラットフォーム”は、下記(1)を参照。状態準備は(2)、量子誤り訂正は(3)を参照。

(1) スケーラブルなハードウェア・プラットフォーム
1⃣ スケーラブル其の壱 
  スケーラブルなハードウェア・プラットフォームは、ユニットの集積として構成される。ユニットは、超伝導マルチモード3次元共振器で構成され、2つの発振器モードが単一の補助トランズモン量子ビットによって制御される。このプラットフォームは、追加のハードウェア・オーバーヘッドなしに複数のボソニック・モードを汎用的に制御できるため、マルチモード量子誤り訂正へのスケーラブルなアプローチとなる。補助量子ビットに結合された読み出し共振器により、2つのモードにわたる論理測定が可能になる。
2⃣ スケーラブル其の弐 
 エコー制御変位(ECD)ゲートはECD演算子を物理実装した量子ビットゲートであり、グリッド符号量子ビットを制御するための基本ツールである。元々はシングルモード・システム用に開発されたこのゲートは、マルチモード・アーキテクチャにも自然に拡張され、追加の複雑さなしにボソニック・モード間のエンタングルメント操作を可能にする。マルチモードECDエンタングルメント・ゲートには、いくつかの重要な利点がある。
㊀ シングルモード実装と比較して、追加のキャリブレーションがほとんど必要ない。
㊁ 同等の振幅に対して、シングルモードECDゲートと同じ忠実度と持続時間が得られる。
㊂ 実装が簡素。
 この効率的なマルチモード・エンタングルメント操作は、マルチモード・ボソニック量子誤り訂正の論理操作を可能にする上で重要な役割を果たし、スケーラブルな量子コンピューティングの強力なツールになる。

(2) 状態準備 
 2モード・グリッド符号であるtesseract符号は、論理情報を2つのボソニック・モードに分散させることで、量子誤りに対する堅牢性を高めるのであった。論理パウリ状態は、以下のように準備した:論理パウリZ状態|±Z⟩は、各モードに1つずつ、エンタングルメントのない2つのシングルモード矩形グリッド状態に対応する。論理パウリX状態|±X⟩と論理パウリY状態 |±Y⟩は、これらのシングルモード・グリッド状態をエンタングルメントさせることで準備される。より一般的には、補助回転と2モードECDゲートのシーケンスで、任意の論理状態を準備できる。
 本TPの図3(e)~(v)には、論理パウリ状態、単一モード及び2モードのスタビライザー状態が図示されている。tesseract符号を使った状態準備ができたことをもって、「複数モード・グリッド符号を初めて実験的に実現した」と主張している(と解釈)。

(3) 量子誤り訂正 
1⃣ sBsプロトコルの実装
 tesseract論理量子ビットに対して、QECプロトコルを実装した。このプロトコルは、sBsプロトコルの2モード化に相当する。中間回路測定(☞下記2⃣)はプロトコルに統合されている。各QECラウンドの持続時間は2.77μ秒で、QECラウンドあたりの論理誤り率は2.1 × 10−2と測定される。
2⃣ 中間回路測定 
 本TPにおけるQECプロトコル実装では、中間回路測定をsBsプロトコルに統合し、マルチモード・グリッド符号論理量子ビットの信頼度情報を抽出する。中間回路測定結果を使用しない場合、1ラウンドあたりの論理誤り率は3.5 × 10−2と測定される。この場合、QECラウンドの持続時間は、2.77μ秒から3.73μ秒に増加する。
 本TPは、時間が伸びた分を鑑みると、論理誤り率は変わらないと判断している。つまり、中間回路測定を含めてもQECの性能が大幅に低下しないので、中間回路測定を行うべき、と結論している。
3⃣ QECラウンド:ここでは、頭出しのみ 
 本TPの量子誤り訂正におけるQECラウンド数の限界について、【4】(2)2⃣㈡を参照。

【4】考察
(1) Pros&Cons総論 
 量子誤り訂正符号の議論テーマとしては最初に、①しきい値、②損益分岐点、③符号化率、④スケーラビリティ、⑤復号まわり、⑥論理誤り率があると思われる。さらに、誤り耐性量子計算を射程に収めた議論では、⑦現実的なノイズの考慮、⑧(量子メモリ実験を越えて)量子論理ゲート操作への量子誤り訂正、が必要と思われる。
 表面符号は、①、②、④をクリアしている。⑤についてもある程度の目途は立っている(と思われる)。⑦、⑧は未踏である(ただし、表面符号に限らない)が、その前に③で大きく躓いているという状況(という理解)。GKP符号(tesseract符号)は、②、③をクリアしたに過ぎない。⑦は、消失ベースの取り組みにより有望という状況と思われる。

(2) Pros&Cons各論 
 以下、 tesseract符号の残された課題と思われる項目について、簡単に触れたい。
1⃣ しきい値(←①) 
 {しきい値、物理誤り率、論理誤り率、符号距離}の間には、論理誤り率=しきい値×(物理誤り率/しきい値)(符号距離+1)/2という関係が成立する。下記2⃣㈠で示すように、ボソニック符号にも、符号距離に明確な制限がある。そこに、物理誤り率を下げることの難しさを鑑みた場合、10-6オーダーの論理誤り率(☞4⃣及び、🛎為 念🛎参照)を達成するには、”絶妙な”しきい値が要請されると考えられる。例えば、物理誤り率=0.85%🐾5、しきい値=1%🐾6、符号距離=100で、論理誤り率=2.73×10-6となる。符号距離100は、実現可能性を鑑みて設定したわけではない(☞下記2⃣㈠も参照)。物理誤り率を、現実的な値3×10-3(0.3%)にすると、符号距離13で、論理誤り率2.06×10-6を達成できる(しきい値は、1%のまま)。
 また、復号の速度を考えるでも、しきい値の議論が必要と思われる。しきい値は、どの程度なのだろうか。
🐾5 物理(量子ビットの)誤り率には、いわゆるスリーナイン(0.1%)のオーダーが求められる(☞🛎為 念🛎参照)。
🐾6 表面符号と同じレベルに設定した。
2⃣ スケーラビリティ(←④) 
 スケーラビリティは多様な文脈で用いられる”曖昧な”用語である。「物理量子ビット数が増えても、その増加に応じて、量子誤り訂正機能を自然に拡張できるか?」という意味合いのスケーラビリティに限定すると、ボソニック符号である tesseract符号は、問題ない。一方、符号距離スケーリングには、懸念がある。
㈠ 符号距離スケーリング
 符号距離スケーリングは、符号距離が伸びることで、論理誤りが減る現象を指している。ボソニック符号の場合、符号距離を伸ばすことは、共振器内の励起数を増やすことである。しかし、振幅減衰やスプリアス非線形性といった共振器の量子誤りチャネルは、通常、励起数に比例する。このため、符号距離を伸ばすと、論理誤りが増える距離(励起数)が存在する。どこまで符号距離を伸ばせるのか、そして、その符号距離まで符号距離スケーリングは成立するのか、を提示することは必要だと思われる。
 なお、「補助量子ビットからの量子誤りが論理量子誤りとして伝播する確率が、符号距離スケーリングを示すように、複数モード・グリッド符号を設計できること」は、[*94]に示されている。
㈡ QECラウンド数 
 物理量子ビット数に対して、必要なQECラウンド数と実行可能なQECラウンド数を評価することは必要だと思われる。本TPの量子誤り訂正では中間回路測定の結果に応じて、量子誤りが生じた量子ビットを棄却するという、「消失ベースの量子誤り抑制」を採用している。32回のQECラウンドで棄却率は12.6%であり、生存率は約1.34%=(1-12.6%)32である。つまり、32回以上のラウンドは実行不可能である。本TPは、この結果の一因を、中間回路測定の忠実度が約95%と低いことに求めている。いずれにしても現状では、スケーラビリティのいくつかを欠いていると言えるだろう。
3⃣ 復号まわり(←⑤) 
 [*95]には、次のような記述がある:提案プラットフォームにおける量子誤り訂正(※これは、本TPの量子誤り訂正と同じである)における、現在のハードウェア実装における主な課題の一つは、符号化及び復号プロセスが瞬時に行われず、保護されていない補助量子ビットとの間で量子情報の転送を伴うことである。
 いずれにせよ、復号速度が遅い場合、量子誤りが蓄積して量子計算は破綻する。どの程度遅いのだろうか。また、復号の精度は、どの程度なのだろうか。
4⃣ 論理誤り率 (←⑥) 
 論理誤り率の目指すべき値は、10-6オーダーと認識されている。本TPの論理誤り率は10-2オーダーで、桁違いである。ただし現状、表面符号でも10-2オーダーであるから、特段悪いというわけではない。
🛎為 念🛎 10-6の論理誤り率は、Mega(メガ)QuOpsを担保する。メガQuOpsとは、無謬量子演算を100万回行うことを意味する。ジョン・プレスキルが、提唱した。メガQuOpsは、スパコンと同等の能力を表象している(と認識されている)ので、重要なマイルストーンである。ただし、量子優位性を実現するには、ギガQuOpsやテラQuOpsが要求される。ギガQuOpsの場合、論理誤り率は10-9が要求される。テラQuOpsの場合は、10-12である。ちなみに、英オックスフォード・クォンタム・サーキッツ(モダリティ:超伝導)は2031年にギガQuOps、34年にテラQuOpsを達成すると予告している🐾7
 ギガQuOpsやテラQuOpsに達するには、物理誤り率が10-4オーダーでなければ厳しい。ただ、物理誤り率がこの水準をクリアできれば(かつ、しきい値が1%なら)、符号距離は13程度でも大丈夫である。
🐾7 https://oqc.tech/technical-roadmap

(3) サイレント誤り抑制について 
 シングルモード・グリッド符号×消失ベースの量子誤り抑制の結果🐾8と、tesseract符号×消失ベースの量子誤り抑制の結果を比べて、後者の論理誤り率が小さいことが、本TPで述べられている。このことをもって、「2モード・グリッド符号であるtesseract符号が、サイレント論理量子誤りを抑制することを実証した」と主張している(と解釈)。ややモヤっとするが、今後、論文の形でクリアに表現されるかもしれない(と期待)。
🐾8 米イェール大22年11月の論文[*7]の結果。

Ⅷ-0.5 IBMは、自転車に乗って、天下を鳥にいく?
【0】はじめに
 IBMは2025年6月10日(米ニューヨーク州現地時間)、同社のWebサイト[*99]において、「誤り耐性量子コンピューターの構築に向けた道筋を明らかにし、実用的でスケーラブルな量子コンピューティングの基盤を整えた」と表明した。その基盤とは、誤り耐性アーキテクチャであり、2変数バイシクル(BB)符号に基づいているので、「バイシクル・アーキテクチャ」🐾1と名付けられた。バイシクル・アーキテクチャを基に、「200の論理量子ビットを使用して、1億の量子演算(100メガQuOps)を実行する」量子コンピューティング・システム『IBM Quantum Starling』🐾2を、2028年までに開発し、29年にクラウド経由で提供する予定である[*100]。
 バイシクル・アーキテクチャは量子誤り訂正符号として、2変数バイシクル符号(BB符号)を使っている。BB符号は、英nature 誌に掲載された論文[*44](24年3月27日)で最初に登場した(内容は、こちらを参照)。今回、バイシクル・アーキテクチャ構築にあたり2本の論文が発表された。
 一つは、「誤り耐性量子コンピューティング・プラットフォームのベースラインを提案」した論文[*101](以下、本論文。25年6月3日@arXiv)である。もう一つは、復号について書かれた論文[*102]である。IBM Quantum Starlingの特徴の一つは、リアルタイム復号である。リアルタイム復号は、量子誤り訂正において(ひいては、誤り耐性量子計算において)重要であり、英リバーレーンが主張してきた通りである。グーグルは、トランスフォーマーを使った復号器AlphaQubitによってリアルタイム復号を実現した、と主張している(こちらを参照)。今回、IBMは、FPGA(Field Programmable Gate Array)で高速に実行できる復号アルゴリズムを開発した、と主張している。これは、英リバーレーンのアプローチと同じである。
 本稿は、 バイシクル・アーキテクチャについて(つまり[*101]=本論文について)整理する。勝手な想像に過ぎないが、IBMは、BB符号あるいはバイシクル・アーキテクチャで、天下を盗りにいくという野心はないと思われる(良くも悪くも、懐の深い企業なのだろう)。あくまで、ベースラインを提案したに過ぎないと思われる。ちなみに、[*101]のタイトルには、tour de grossという文言が付けられている。普通に考えると、tour de force(卓越したワザ)を捩ったのであろう。
※ 復号に関しては、別稿を参照。
🐾1 バイシクル=bicycleであるが、自転車とは関係ない。cycleは、グラフ理論における閉路を意味している。
🐾2 Starling は椋鳥のことである。IBM Quantumの責任者でIBM副社長のJay. Gambetta(博士)は、鳥が好きなので、鳥の名前を付けているということらしい。Gambetta博士は、豪グリフィス大→米イェール大→加ウォータールー大→IBM。
 やや面倒くさいことに、IBM Sterlingが存在する。これは、「電子商取引の注文処理と顧客やサプライヤーとのB2Bデータ交換を最適化するための信頼性の高い専用ソリューション」である。出所:https://www.ibm.com/jp-ja/sterling

【1】本論文の概要及び主張 
 本論文の概要は、以下の通り:
1⃣ バイシクル符号に基づく、バイシクル・アーキテクチャを構築した。具体的には、以下2⃣及び3⃣を行った。
2⃣ バイシクル符号の特性に合わせてカスタマイズされた、「誤り耐性論理命令(バイシクル命令)セット」を構築した。
3⃣ バイシクル・アーキテクチャに適応した、コンパイル・プロトコルを開発した。 
 その上で、本論文は、以下を主張する:
(0) バイシクル・アーキテクチャは、表面符号アーキテクチャよりも、Tゲートを実行するタイム・ステップ数🐾3が、3.11~27.3倍多い(☞【4】(2)2⃣)
🐾3 意味は【4】(2)0⃣を参照。
(1) バイシクル・アーキテクチャは、表面符号アーキテクチャよりも、1桁大きな論理回路を実装できる(☞【4】(2)5⃣)。 
(2) バイシクル命令セットは、誤り耐性な実装が可能であることをシミュレーションで検証した(☞【4】(1)0⃣及び4⃣)。

【2】事前整理
(1) 用語の簡単な整理 
 qLDPC符号、BB符号、グロス符号については、こちらを参照。
 グロス符号が所与として、2グロス符号の説明をする。本論文で使われているグロス符号は、[[144, 12, 12]]である。つまり、物理量子ビット数144 、論理量子ビット数12、符号距離12の量子誤り訂正(QEC)符号である。2グロス符号は、[[288, 12, 18]]である。つまり、物理量子ビット数が2倍の288、論理量子ビット数は同じく12、符号距離18のQEC符号である。グロス符号の符号化率は、12/144=1/12である。2グロス符号の符号化率は、12/288=1/24である。

(2) 符号化率について 
 グーグルのWillow(ウィロウ:柳)は、良く知られているように、メモリ・チップである。量子演算が出来るわけではない(損益分岐点を超えているが、それは当然ながら、量子メモリ実験で達成されている)。それは扨措き、符号化率について述べると、符号化率は、およそ1/100である。つまり、1つの論理量子ビットをメモリに格納するために約100個の量子ビットが必要となる。
 アマゾンWebサービス(AWS)のOcelot (オセロット:ネコ科の動物)もメモリ・チップである。オセロットは、猫量子ビットを使っており、符号化率は1/9である。つまり、メモリ内の論理量子ビット1個につき9個の物理量子ビットを必要とする。ちなみに、マイクロソフトのマヨラナ1の符号化率も、1/9と考えられる(こちらを参照)。
 IBMのバイシクル符号の符号化率は、1/12である(正確には、グロス符号の符号化率が1/12)。メモリ内の論理量子ビット1個につき12個の物理量子ビットを必要とする。ゆえに厳密に言えば、AWSに劣後している。

【3】本論文の構成要素 
(0) バイシクル・アーキテクチャを端的に表現すると・・・ 
 バイシクル・アーキテクチャは、高符号化率・低オーバーヘッドを特徴とする量子LDPC(qLDPC)符号に基づく、モジュール型量子計算フレームワークである。なお、該qLDPC符号は、IBMが独自に考 案・開発した2変数バイシクル符号である。

(1) 誤り耐性アーキテクチャが満たすべき基準 
 本論文は掲題を以下のように、リストアップしている。
❶ 誤り耐性・・・論理誤りが十分に抑制され、意味のあるアルゴリズムが成功すること。
❷ アドレス可能性・・・個々の論理量子ビットを計算中に、準備または測定できること。
❸ 汎用性・・・論理量子ビットに、汎用的な量子命令セットを適用できること。
➍ 適応性・・・測定値はリアルタイムで復号され、後続の量子命令を変更できること。
❺ モジュール性・・・ハードウェアは、量子的に接続された交換可能なモジュール群に分散されていること。
❻ 効率性・・・意味のあるアルゴリズムを、妥当な物理リソースで実行できること。

(2) 誤り耐性アーキテクチャが満たすべき基準×符号アーキテクチャ
0⃣ 表面符号アーキテクチャ 
 本論文では、以下のように整理されている:表面符号アーキテクチャは、最初の4つの基準❶~➍を効果的に満たし、長距離接続を許容すれば❺モジュール性基準も満たすことができる。しかし、物理量子ビット対論理量子ビット比(いわゆる符号化率)が不利なため、❻効率性基準を満たさない。
1⃣ バイシクル・アーキテクチャ 
 バイシクル・アーキテクチャ は、全ての基準❶~❻を満たす、とする。
 個々の論理量子ビットへの対応(アドレス可能性❷)は、qLDPC符号の初期の課題であったが、現在では、各符号に論理処理ユニット(LPU)と呼ぶ補助量子ビットのセットを導入することで、課題は解消された(と本論文は主張する)。ユニバーサル演算(汎用性❸)は、T工場モジュールで合成されたT状態🐾4をテレポートすることにより、論理量子ビットに適用される(表面符号アーキテクチャと同じ)。➍適応性=復号については、別稿を参照。❺モジュール性については、表面符号に対して開発された格子手術のアプローチが、BB符号に拡張可能であり、別々のモジュール内のqLDPC符号間の論理エンタングル演算を可能にする(らしい)。
 最後に、❻効率性は、バイシクル・アーキテクチャのウリである。同等の誤り訂正能力を持つ表面符号と比較して、量子ビットのオーバーヘッドが約1桁低い。
🐾4 本質的には魔法状態のことであるが、T|+⟩をT状態と呼ぶ(TはTゲート)。|+⟩=H|0⟩である(Hはアダマール・ゲート)。

(3) バイシクル・アーキテクチャの構成要素 
1⃣ 概要 
 バイシクル・アーキテクチャは、接続された符号モジュールと工場モジュールのセットから構成される。工場モジュールは、蒸留あるいは培養❚補足❚行程を経て、T状態を大量生産する工場である。
 各モジュールは、古典通信用の物理量子ビットを経由して長距離接続されている必要がある。古典通信はノイズ・レスであると仮定されている。接続には、カプラが用いられる。モジュール間のみならず、モジュール内の物理量子ビットもカプラで長距離接続される。
❚補足❚ 
 「魔法状態」培養に関して、補足する。若干ややこしいが、表層的に言うと、魔法状態培養(magic state cultivation:「栽培」とも訳される)は、グーグルが24年9月26日@arXivにて発表した論文[*103]で登場した。しかし、魔法状態培養には、元ネタが存在する。それは、大阪大学・藤井研究室のグループが考案した「ゼロレベル蒸留」である[*104],[*105]。ゼロレベルとは、物理状態=論理状態としてはゼロレベル、の意味である。つまり、物理量子ビットに対して魔法状態蒸留を行う(論理符号化には、量子テレポーテーションを使う)。ゼロレベル蒸留の特徴は、小さな空間的および時間的オーバーヘッドで魔法状態蒸留を可能とすることである。[*106]において、藤井先生自身が明かしているように、グーグルから「そんなわけないやろ」という電子メールを受信したので、「ホンマや」とソース・コードを送り返した。すると、その4か月後に、「本家を余裕で越えチャイました」という[*103]が公開された、という経緯。仮に、big thinkingの欠如がもたらした結果なら、日本には、やはり反省すべき点が多い。
👉 ゼロレベル蒸留に関する最新の論文は、[*107]。
2⃣ バイシクル命令セット 
 ここでは、(論理)命令=(論理)量子操作という理解で良いだろう。測定ベースの量子操作が多い。
㊀ シフト自己同型命令 
 BB符号モジュール内でのいくつかの論理演算は、BB符号が自己同型であることを反映して、量子ビットを単純に並べ替えるだけで実行できる。さらに、(トーラス符号である)BB符号の自己同型群には、トーラスの表面全体に渡る全量子ビットの均一な並進(シフト)が含まれる。シフト自己同型命令は、最初に全データ量子ビットを隣接する検査量子ビットと交換し、次にそれらを別の隣接するデータ量子ビットの位置に再度交換(スワップ)することによって、物理レベルで実装される。スワップ演算は、2つのCNOT演算で表現できるから、 シフト自己同型命令は、本質的にCNOT演算で表現できる。
 まとめると、シフト自己同型命令は、6つのCNOT演算{U1~U6}と、そのエルミート共役から成る12個の命令である。Ui(i=1~12)は、12個の各論理量子ビットに対して、独立に作用する。
㊁ モジュール内測定 
 非自明なパウリ測定から構成される15の命令である。
㊂ モジュール間測定 
 36個のパウリ積の測定から構成される36の命令である。
㊃ T 注入 
 工場モジュールで T 状態を準備し、次にT工場と接続された符号モジュール間でモジュール間測定を行い、最後に破壊的な工場測定を行う、6つの命令である。
3⃣ 物理的なコンポーネント 
㊀ カプラ 
 バイシクル・アーキテクチャには、2種類の長距離結合器(カプラ)が必要である(ベル・カプラを含めると3つ?)。 同一チップ内で量子ビットを長距離接続する「Cカプラ」と、モジュール間を長距離接続する「Lカプラ」である。実際の物理システムに長距離カプラを実装することは、大きな課題である。
 モジュール内では、各量子ビットはモジュール内の任意の場所にある少数の他の量子ビットに結合される。バイシクル・アーキテクチャでは、モジュール内には1000個未満の物理量子ビットが含まれており、2次元格子上に適切な量子ビット配置を使用することで、最長のモジュール内カプラは数十格子サイトの長さになる。Cカプラは25年内に、完成する予定である。Lカプラは27年までに完成する予定である。
㊁ ベル・カプラ
 モジュール間で量子演算を実行するには、それらの間に、エンタングルメントを生成できる必要がある。モジュール間エンタングルメントを生成するには、モジュール間に長距離カプラが必要であり、その数は符号距離に応じて調整される。モジュール間とは、符号モジュールと符号モジュールとの間(符号-符号アダプタ)及び、符号モジュールと工場モジュールの間(符号-工場アダプタ)を意味する。
 バイシクル・アーキテクチャでは、シンドローム・サイクルよりも短い時間で、2つのモジュール間に高忠実度のベル状態 (|00⟩ + |11⟩)/√2 を生成できるモジュール間デバイス、ベル・カプラがあると『仮定されている』。操作的には、これらのベル状態を用いて、モジュール間に分割された検査量子ビットを測定する。具体的な構成では、ベル・カプラの数、量子ビットの数、および実行可能なジョイント論理測定のセットが異なる。符号-符号アダプタでは、ベル・カプラを用いて、隣接するモジュールのLPUから、対応するブリッジ量子ビット🐾5とブリッジ検査量子ビットを接続する。符号-工場アダプタでは、別のベル・カプラ・セットが導入される。
🐾5 エンタングルメント通信用の量子ビットという理解。
㊂ LPU
 モジュール内の誤り耐性な測定には、論理処理ユニット(LPU)が使用される。LPUに接続されているBB符号内の物理量子ビットは、異なる論理演算子を測定できるように構築された、固定接続システムを形成する。LPU を使用した論理測定を、シフト自己同型命令とインターリーブすることで、任意の論理パウリ演算子を測定することが可能になる(らしい)。

(4) バイシクル・アーキテクチャへのコンパイル 
 以下のステップで構成されている。
① 入力回路を、パウリ行列回転操作🐾6とマルチ量子ビット・パウリ測定のみで構成される回路にコンパイルする。
② パウリ行列回転と測定を符号モジュール全体に分散させる。
③ バイシクル命令を使用して、符号モジュール上で、任意のパウリ測定を合成する。
④ T状態注入を介して、工場モジュールに隣接する符号モジュールのピボット量子ビット上に、小角ゲートを合成する。
🐾6 n量子ビットパウリ群の任意の元をP、θを適当なパラメータ(角度という理解で良い)とすると、exp(iθP)と表現される回転操作を指している。原語では、Pauli-generated rotation。

【4】バイシクル・アーキテクチャの検証結果及び推定結果 
(1) 各バイシクル命令及びアイドル命令の誤り耐性検証 
0⃣ 誤り耐性の検証とは 
 本論文では、「論理誤り率が、”十分低い水準”に抑えられることが示された場合に、誤り耐性が検証された」としているようである。言わずもがな、検証はシミュレーションにより実施されている。論理誤りは、任意のバイシクル命令が失敗することを指している。
 なお、”十分低い水準”は、10ー6と置こう(本論文で示されているわけではない)。この水準は、量子コンピューターがスパコン並みの結果を出すために必要な最低限の水準と目されており、重要なマイルストーンと認識されている。ただし、量子化学や暗号解読といった実用的な分野で、インパクトのある結果を出すためには、最低でも10ー12の水準が要求される(と広く認識されている)。
1⃣ ノイズモデル 
 状態準備と測定は、それぞれ直交状態を準備し、結果を反転させることで、誤り率pで失敗する。アイドル・ゲートは、パウリX、Y、またはZ誤りとして独立して失敗する。誤り率は、それぞれp/3とする。CNOTゲートは、15個の非自明な2量子ビットパウリ誤りの1つとして独立して失敗し、それぞれ誤り率p/15で失敗する。量子ビット間のすべての接続は、同じ誤り率で、量子誤りが発生すると仮定する。
2⃣ 復号 
 「リレー信念伝播復号器」と呼ばれる、新しく開発したリアルタイム復号器を使用する。詳細は、別稿を参照。
3⃣ 回路距離と符号距離 
 符号距離とは、量子誤り訂正符号が検出または訂正できる量子誤りの数である。数学っぽく言うと、符号距離とは、有効な符号語(論理状態)間の最小ハミング距離、つまり最小の論理演算子の重みである。回路距離は(IBM用語だと思われるが)、特定の量子回路と特定のノイズモデルが与えられた場合に、”実質的に”量子誤り訂正符号が検出または訂正できる量子誤りの数を指す、と理解している。従って、回路距離は、解きたい問題をコンパイル(トランスパイル)して生成される量子回路と、適当に仮定するノイズモデルの下で、算出する必要がある。
 本論文でIBMは、現象論的ノイズモデルの下、回路距離の算出問題を、混合整数計画問題に変換して(IBMの最適化問題ソルバー)CLPEXを使用して解いた。その結果、回路距離=符号距離もしくは、回路距離=符号距離ー1を発見した。
4⃣ シミュレーションによる検証結果 
 結果は、当然、物理誤り率の前提によって変わる。本論文では、妥当な水準として、10ー3及び10ー4を仮定している。また、グロス符号と2グロス符号の違いでも、結果は大きく異なる。グロス符号と2グロス符号を分けて、結果を示す。
㈠ グロス符号 
 10ー6基準に満たないバイシクル命令は、物理誤り率が10ー3の場合で、モジュール内測定(10ー5.0±0.1)とモジュール間測定(10ー2.7±0.1)、及びT状態注入(10ー5.5)である。モジュール間測定は、物理誤り率を下回っている。
 物理誤り率が10ー4の場合、10ー6基準に満たないバイシクル命令は、ない。
㈡ 2グロス符号 
 2グロス符号の場合、10ー6基準に満たないバイシクル命令は、ない。ただし、モジュール内測定とモジュール間測定の論理誤り率は『データなしで仮定されており、達成可能であるという根拠は、将来の研究に委ねられている』。ゆえに、物理誤り率が10ー3の場合には、10ー6基準を満たさない可能性はあるだろう。ただ、物理誤り率が10ー4であれば、問題なくクリアするであろう。
㈢ 検証結果に基づく結論 
 物理誤り率が、10ー4を達成できなければ、バイシクル命令の誤り耐性実装が可能とはならない(であろう)。ただし、物理誤り率10ー4は、全ての量子誤り訂正アーキテクチャに対する(おそらく)必須要件であり、バイシクル・アーキテクチャに限ったことではない。

(2) ランダム回路の能力推定 
0⃣ タイムステップ数 
 タイムステップ数は、量子操作の数を意味している。CNOTゲートを実行し、続けて測定を実行すると、タイムステップ数を2とする。スワップ操作であれば、スワップ=CNOTゲート2回分だから、タイムステップ数は2である。全ての量子操作は、同じだけの時間を要すると仮定されているので、タイムステップ数=任意の量子操作に要する時間、となる。
 ちなみに、シフト自己同型命令は14タイムステップを要する(ことが、本論文に示されている)。表面符号の場合、符号サイクルごとに6つのタイムステップを要する。
1⃣ ランダム回路 
 バイシクル・アーキテクチャの能力を推定するために、回路誤り率が最大1/3で動作できる、最大のランダム回路Cを想定する。Cは、非自明なパウリ演算子Qj ∈ Pn(Pnはn量子ビットのパウリ群)をランダムに選択し、すべてのjに対してφj =π/4を設定することにより構築できる。物理誤り率として、10-3と10-4を設定する。物理量子ビット数は、{5千、5万、50万}とした。
2⃣ 推定1:実行時間の見積り 
 バイシクル・アーキテクチャで、1 つのパウリ行列回転ゲートを実行する時間を見積もっている。もう少し噛み砕くと、φj =π/4と設定しているので、Tゲートを実行する時間ということになる。Tゲートの実行時間とは、Tゲートの実行をゲート・テレポーテーションで実行するために要する、エンド・ツー・エンドの時間ということになる。すなわち、T状態の準備から最終的な測定までを含むワークフロー全体に要する時間である。なお、”実行時間”は、タイムステップ数という形式で表現されている。
 タイムステップ数の違いは、バイシクル符号が、グロス符号か2グロス符号か、によって変わる。表面符号アーキテクチャとの差異が最小となる組み合わせは、{物理誤り率10-3、物理量子ビット数5万、2グロス符号、符号距離17の表面符号}であり、3.11倍異なる(表面符号のタイムステップ数が、3.11倍少ない)。対して、差異が最大となる組み合わせは、{物理誤り率10-4、物理量子ビット数5万、グロス符号、符号距離7の表面符号}であり、27.3倍異なる(表面符号のタイムステップ数が27.3倍少ない)。
3⃣ 実行時間見積り結果の考察 
 実用的・商業的な意味でインパクトがあるアルゴリズムを実行するために必要なTゲートの数は莫大な数になる。1015といったオーダー感である。具体的なイメージを喚起するために、次のような簡単な「玩具の計算」を行う:表面符号ベースのTゲート実行時間を1μ秒と仮置きすると、BB符号ベースのTゲート実行時間は、10-5秒となる。Tゲート数を1012としても、107秒≒115日を要する。表面符号は、1/10の約11日ということになる。
 この問題をクリアしなければ、バイシクル・アーキテクチャが標準的な誤り耐性アーキテクチャとはならないように思われる。もっとも、クリアする見込みは、あるのかもしれない(↓4⃣)。
4⃣ 実行時間が遅い理由の推定 
 バイシクル・アーキテクチャでTゲートを実行する時間が遅い原因を、本論文は、バイシクル命令へのコンパイルに長い時間を要するため(バイシクル命令へのコンパイルのオーバーヘッド)と推定している。ちなみに、表面符号アーキテクチャでは、T工場の蒸留速度によってタイムステップ数が規定されると推定している。
5⃣ 推定2:論理量子ビット数 
物理誤り率と物理量子ビット数は、バイシクル・アーキテクチャと表面符号アーキテクチャで、共通の数値を使用する。具体的には、1⃣と同じで、物理誤り率=10-3及び10-4を設定。物理量子ビット数={5千、5万、50万}とする。その上で、次のように理解した。
 まず、最大 105個のランダムなパウリ行列回転シーケンスを、バイシクル・アーキテクチャにコンパイルし、コンパイルした量子回路の論理誤り率を推定する。パウリ行列回転シーケンスは、exp(iπ/8×Qj)とする(Qj ∊ n量子ビット・パウリ群)。次に、表面符号アーキテクチャに従って、同じ論理誤り率となる量子回路を構成する。2つのアーキテクチャにおける論理量子ビット数を比較する。
 結果は、バイシクル・アーキテクチャの論理量子ビット数が2.69~16.8倍多かった🐾7。この結果をもって、バイシクル・アーキテクチャは表面符号アーキテクチャより、1桁大きな論理回路を実装できる、と結論している(と解釈)。
🐾7 2.69倍は、{物理誤り率=10-3、物理量子ビット数=5千、グロス符号、符号距離5の表面符号}である。16.8倍は、{物理誤り率=10-3、物理量子ビット数=5万、2グロス符号、符号距離17の表面符号}である。

(3) 横磁場イジング模型シミュレーションに必要な物理量子ビット数 
 2次元10×10横磁場イジング模型(TFIM)シミュレーションを正常に実行するために、必要な物理量子ビット数と物理誤り率を、推定している。グロス符号の方が表面符号より、少ない物理量子ビット数で、TFIMシミュレーションができることを示威したいらしい。
 グロス符号の場合、物理量子ビット数は4,817と推定された。表面符号(符号距離9)では、17,010物理量子ビットが必要と推定されている。なお物理誤り率はグロス符号でおよそ10−4.68、表面符号でおよそ10−4.26 である。以下、無意味な計算であるが、為念:グロス符号の符号化率1/12なので、論理量子ビット数は400程度となる。表面符号の符号化率を1/100とすると、論理量子ビット数は170程度となる。差異は、2.36倍程度となる。
 2グロス符号の場合、物理量子ビット数は8,138と推定された。表面符号は、符号距離17で58,263物理量子ビット。符号距離19で72,663 物理量子ビットが必要と推定された。2グロス符号の物理誤り率は、およそ10−3.14。表面符号の物理誤り率は、符号距離17の場合、およそ10−3.24である。これは、2グロス符号よりも、低い物理誤り率が必要(2グロス符号の方が優秀)であることを意味する。符号距離19の場合、およそ10−3.11である。 以下、また為念:2グロス符号の符号化率は1/24なので、論理量子ビット数は340程度である。表面符号は、およそ580~730である。2グロス符号の場合、表面符号の論理量子ビット数の方が多くなる。

【5】考察
(0) 整理:本論文は何を示したのか。
 誤り耐性アーキテクチャの要件を定義して、それを満たすアーキテクチャ(バイシクル・アーキテクチャ)を提案した。具体的には、論理命令セット(バイシクル命令セット)を作成して、コンパイル・プロトコルを開発した。論理命令セットの実装方法を提示し、その実装が誤り耐性であることを、シミュレーションで示した。

(1) 結局、バイシクル・アーキテクチャの何が良いの? 
 本論文は、バイシクル・アーキテクチャの利点を、「表面符号アーキテクチャよりも、構築が容易であること」としている。ただし、この利点自体は、バイシクル・アーキテクチャ固有の利点ではない。モノリシック・アーキテクチャではない、モジュール型アーキテクチャであれば、共通する利点である。それは扨措き、モジュール型の利点は、以下のように説明されている:
 バイシクル・アーキテクチャは、製造歩留まりに関して特に大きな利点を持つ。接続に対する歩留まりが楽観的な 99.98%と仮定すると、バイシクル・アーキテクチャのグロス符号モジュール(メモリと LPU)を正常に製造できる確率は約2/5🐾8で、2グロス符号の場合は約1/5🐾9である。
 超伝導量子ビットを使用するモノリシック・アーキテクチャでは、1つの物理量子ビットに対する接続数が多い。各量子ビットに 1~2 個の接続、各カプラに 2~3 個の接続が必要である。5,000個の物理量子ビットを持つ完全に機能するモノリシック表面符号チップを生産できるのは、約3,000サンプルに1回だけであり、50,000 個または 500,000 個の量子ビットを持つ完璧なチップは天文学的な確率で低くなる。
🐾8 99.98%4,817=38.2%≒2/5。物理量子ビット数4,817については【4】(3)を参照。
🐾9 99.98%8,138=19.6%≒1/5。物理量子ビット数8,138 についても【4】(3)を参照。

(2) 表面符号ベースで、モジュール型アーキテクチャにすれば良いのか? 
 表面符号は必ずしも、モジュール型アーキテクチャと相容れないということではない(ことは、本論文でも触れられている)。
 本論文では、クリフォード・ゲート用に11個の計算論理量子ビットと1個の補助論理量子ビットを備えた表面符号モジュールが例示されている。ランダム回路で2グロス符号モジュールの論理能力に匹敵するには、符号距離が 17 の表面符号が必要である(ことがシミュレーションで示されている)。しかし符号距離 17 の場合、66,000 サンプルの内わずか 1 つから完全に動作する表面符号モジュールが期待される。代わりに、それぞれが 1 個の表面符号論理量子ビットを備えたより小さなモジュールを使用すると、個々のモジュールの製造歩留まりは向上するが、接続障害のリスクがあるモジュール間カプラが 10 倍必要になる。
 表面符号では、モジュール型アーキテクチャにしても、厳しいという結論である。ただ、バイシクル・アーキテクチャもカプラは、それなりの数が必要であるし、接続障害に関しては、楽観的であるように思われる。

(3) 酷評した課題はクリアされたわけではない。
 前稿では、BB符号について酷評した。具体的には、以下3つの課題が残っていると書いた:①グラフの厚さが2であるアーキテクチャにおける、低損失の第2層の開発、②7つの接続(6 つのバスと1つの制御線)に結合できる量子ビットの開発、③長距離カプラの開発。本論文で、この3つの課題がクリアになったわけではない。残課題のままである(と思われる)。2029年までには解決すると、所信表明を行ったわけである。
 ただし【0】でも述べたように、IBMは必ずしも、本論文で提示したアーキテクチャで天下を取るという野心はないと思われる。ベースラインを提示した、という意味合いであろうし、そうする意義は深いと思われる。誤り耐性アーキテクチャが満たすべき基準❶~❻を提示し、基準を満たすための技術要素を全て、IBMは自前で開発できる(あるいは保有している)ところが、競争優位といえば競争優位であろう。

(4) ちなみに、競合すると思われる量子誤り訂正符号 
 掲題符号として、英Nu Quantumが発表した半双曲フロケ符号がある(こちらを参照)。同符号は、以下のような、具体的な成果を示している。
㈠ 脱分極ノイズ・シミュレーションの結果から、双曲フロケ符号に符号距離スケーリングが認められる。
㈡ 半双曲フロケ符号はエンタングルメント蒸留なしで、最大1.3%の非局所ノイズに耐えられることが示された。
㈢ 半双曲フロケ符号を用いた場合、32論理量子ビットのQPUが120個あれば、100万回の論理演算が可能と推定される。

Ⅷ+1 qLDPC符号用リアルタイム復号器を提案した論文
【0】はじめに
 IBMは、誤り耐性アーキテクチャ”バイシクル・アーキテクチャ”を、論文[*101](25年6月3日@arXiv)にて発表した(☞こちらを参照)。 バイシクル・アーキテクチャ構築にあたって、2本の論文が発表された。一つは「誤り耐性量子コンピューティング・プラットフォームのベースラインを提案」した[*101]である。もう一つが、復号について書かれた論文[*102](以下、本論文、25年6月2日@arXiv)である。本稿は、[*102]について整理する。
 [*102]のモチベーションはシンプルである。(バイシクル符号が属する)量子低密度パリティ検査(qLDPC)符号向けに、いい感じの、”リアルタイム復号アルゴリズム”が無い。故に、新たに提案した、という内容である。本論文で提案されているリアルタイム復号アルゴリズム(あるいは、復号器)は『リレーBP』と呼ばれる。リレーBPが、ヒューリスティック復号器であることは、明記する価値があるだろう。
 BP(Belief Propagation)は、信念伝播あるいは確率伝播と訳され、効率的に確率推論を行う近似アルゴリズムとして知られている。機械学習の分野で頻出するベイジアン・ネットワークにおいては、(確率変数の)事後確率を効率的に計算するアルゴリズムとして紹介される。量子誤り訂正符号における復号という文脈では、BPは、量子低密度パリティ検査(qLDPC)符号などの、疎なパリティ検査行列を持つ量子符号の復号に特に効果的とされる。

【1】本論文の主張
 本論文は、以下を主張する:
 リレーBP復号アルゴリズムは、復号精度(☞【4】(1)1⃣)とリアルタイム性(☞【4】(1)2⃣)が両立した復号アルゴリズムである❚補足1❚。ここで、復号精度が高い=論理誤り率が低い、である。
❚補足1❚ 
 本論文の復号は、量子メモリ実験に対する評価である。これは、量子誤り訂正が量子メモリ実験に対して行われているからである。量子ソフトウェア・スタートアップである英リバーレーンは、論理演算に対するリアルタイム復号を実現している[*64]。

【2】事前整理
(0) 為参考:復号アルゴリズム 
 ⓪信念伝播アルゴリズム以外には、以下のような復号アルゴリズムが知られている: ㊀最小重み完全マッチング(Minimum Weight Perfect Matching:MWPM)アルゴリズム、㊁ユニオン・ファインド(Union-Find:UF)アルゴリズム、㊂最尤(最大尤度、Maximum Likelihood:ML)アルゴリズム、㊃行列積状態(Matrix Product State:MPS)ベース・アルゴリズム、㊄繰り込み群アルゴリズム、㊅ニューラルネットワーク・ベース・アルゴリズム。後述するように、リバーレーンのリアルタイム復号器は、㊁UFアルゴリズムを基にしている。米グーグルのリアルタイム復号器AlphaQubitは、㊅ニューラルネットワーク(正確には、トランスフォーマー)ベースである。
 教科書的には、以下のように評価されている:㊀MWPM、㊂ML及び㊃MPS ベースの復号アルゴリズムは高い復号精度を提供するが、計算コストが高い(つまり、遅い)。㊁UF アルゴリズムは、僅かに復号精度が低くなるものの、計算量は、ほぼ線形である(つまり、速い)。㊅NN ベースのアルゴリズムは、スケーラビリティ、復号精度、及び計算量のバランスを取る必要があり、異なる量子誤り訂正符号間での一般化に苦労する場合がある(つまり、あまり筋が良くない)。
 ⓪BPアルゴリズムは、任意のスタビライザー符号に適用可能である。並列スケジューリングをハードウェアで効率的に実装でき、理論的には、定数時間の計算量を実現する(つまり、速い)。しかし、多くの量子誤り訂正符号対して低い復号精度を示す。BPの復号精度を向上させるためには、いくつかのアプローチが存在する。事後処理は、その一つであるが、時間計算量を増大させる(ので、あまり好ましくない)。

(1) リアルタイム復号アルゴリズム 
 一般的には、復号アルゴリズムとして、MWPMアルゴリズムが採用される。MWPMアルゴリズムは、検査演算子の測定結果から、誤りが発生した量子ビットを推定する一般的なアルゴリズムである。ここで言う”一般的”とは、量子誤り訂正の文脈では、”表面符号に適している”という意味である。MWPMは、「格子内の量子ビット間の局所的な相互作用を活用」するため、表面符号に特に適している、とされる。 
 ただしMWPMは遅い🐾1という欠点があり、リアルタイム復号には向かない、と認識されている。リバーレーンは、リアルタイム復号の重要性を早くから主張してきた。リバーレーンは『表面符号』に対して、Union-Find復号アルゴリズムの改良型🐾2を使用しており、FPGA🐾3に実装することで、リアルタイム復号を実現している。グーグルは、やはり『表面符号』に対して、トランスフォーマー・ベースのリアルタイム復号器AlphaQubitを開発している(☞詳細は、こちらを参照)。
🐾1 一般的には、量子ビット数nの多項式時間を要する。ただし疎なケースでは、線形時間にまで短縮されている。ここで言う「疎」とは、グラフの各頂点の隣接頂点数が少ないという意味であり、「量子誤りが、特定の部分に集中して発生することはない」と仮定することに相当する。
🐾2 衝突クラスタリング(CC)アルゴリズムと呼ばれている。
🐾3 Field Programmable Gate Array。FPGAは、”高速なデータ処理が可能”で、コスト効率が高い集積回路である、とされている。

(2) qLDPC符号に適したリアルタイム復号アルゴリズム 
1⃣ リアルタイムqLDPC復号アルゴリズム(復号器)が満たすべき要件 
 上記(1)で示したように、表面符号に対しては、リアルタイム復号が実現している。しかし、表面符号用リアルタイム復号器は、qLDPC符号には適用できない(と本論文は主張する)🐾4。そこで、IBMは、qLDPC符号用のリアルタイム復号器を独自に開発することとなった。本論文は、掲題について、以下のように整理している。
① 柔軟性・・・幅広いqLDPC回路を復号できること。
② 正確性・・・論理演算に必要な低い論理誤り率を達成できること。
③ コンパクト性・・・FPGA上のフットプリントが小さいこと。
④ 高速性・・・復号の各反復で増加するデータを、その生成速度よりも高速に処理することにより、バックログ問題を回避できること。
🐾4 本論文において、次のように記述されている:Union-Find復号アルゴリズムは、qLDPC符号に適用可能であるが、FPGA上にコンパクトに実装できるかは不明。機械学習ベース(トランスフォーマー・ベース)の復号器に対する言及はない。
2⃣ qLDPC符号に適したリアルタイム復号アルゴリズム 
 既に【0】で触れたように、信念伝播(BP)復号は、qLDPC符号に適している。BPは、タナー・グラフにおける反復メッセージ・パッシングに基づいたアルゴリズムであり、分散メモリと並列処理のため、コンパクトで高速なFPGA実装に最適である。つまり、リアルタイム復号アルゴリズムとしても適している。ただし、(0)で言及したように、BPは復号精度が低い。復号精度をあげるために、事後処理を利用すると遅くなる(リアルタイム性が落ちる)というトレードオフがあった。そこで、リアルタイム性を犠牲にせずに、復号精度を上げる工夫が必要となる(☞【3】(1)参照)。

【3】リレーBP復号アルゴリズムの詳細 
(1) 概要 
 本論文では、BPの復号精度が低い原因として、パッシング・メッセージが周期的に振動することを上げている。極めて雑に言うと、従来のBPアルゴリズムに振動対策を施した復号アルゴリズムが、リレーBP復号アルゴリズム(復号器)である。(技術要素を標語的にちりばめた表現を使って)若干補足すると、リレーBP復号器は、「メモリ強度に工夫を凝らしたリレー・アンサンブル」を適用した復号器である。極めてラフなイメージで言うと、復号アルゴリズムのプリミティブを線形回帰からニューラルネットワークに置き換えることで、復号精度を上げたというイメージになる。リレー・アンサンブルについては、以下(2)を参照。メモリ及びメモリ強度については、以下(3)で説明する。

(2) BPからリレーBPへ
 リレーBPは、「メッセージ・パッシング(☞既述【2】(2)2⃣)を維持するBP」の修正に基づいており、コンパクトで高速な FPGA 実装を保証する。まず、BPにおけるメッセージの周期的な振動を抑制するために、メモリ項を導入した先行研究を基に、EWAInit-BPのGF(2)バージョン❚補足2❚(Mem-BP と呼ぶ)を採用する。メモリ強度(☞下記(3)を参照)を変えると収束が改善されることを観察し、これを無秩序なメモリ強度分布を使用する DMem-BPに一般化する。
 次に、連続するDMem-BP実行が、一つ前の反復処理における最終ステップ(t→T)のマージナルM(T)(☞マージナルは、下記(3)を参照)で初期化される、「リレー・アンサンブル」が組み込まれている。さらに、メモリ強度が負になることを許可する。
 なお本論文では、求める解の数をSとして、リレーBP-Sという表現が使われている。
❚補足2❚ 
 EWAInit-BPは、2つの観点からBPを改善している[*108]。1つは機械学習において用いられる、勾配最適化に着想を得た「メッセージ更新」の最適化、である。もう1つは、過去の反復情報を用いた事前確率の最適化である。事前確率の最適化について、補足すると、「BPにおける、以前の反復処理で出力された事後確率を用いて、各反復処理における事前確率を動的に更新する」。EWAInit-BPは、復号精度を維持しながら、理論的に一定の計算量で並列に実装できる。
 GF(2)は、2つの元からなるガロア体を意味している。ガロア体上のベクトル空間の部分空間として、古典的な線形誤り訂正符号を構築することができる。GF(2)だと、{0,1}nの部分空間に対して、構築される。

(3) マージナル、バイアス項、メモリ強度 
 メモリの説明を含め、数式もどきを使って、リレーBP復号アルゴリズムを説明する。BP復号アルゴリズムは、タナー・グラフ(と呼ばれるグラフ)における反復メッセージ・パッシングに基づいたアルゴリズムであった。BP復号アルゴリズムの文脈における、メッセージとは、検査量子ビット(グラフ上は、検査ノード)とデータ量子ビット(グラフ上は、誤りノード)間のメッセージである。メッセージは、検査ノードと誤りノードとの間で、量子誤りが発生した(そのときは、シグネチャ(sgn)は負)か発生しなかった(そのとき、シグネチャ は正)かの、局所的な対数尤度を渡す。
 メッセージは、バイアス項でシフトされる。機械学習の文脈ではバイアス項という文言が使用されるが、線形回帰では「切片」という文言が使われる。厳密さを犠牲にして、数式っぽく書くと、
     マージナル(t)=バイアス項(t)+∑メッセージ(t) 
である。引数のtは、反復処理のステップを表している。総和∑は、データ量子ビットiの近傍からiへのメッセージを、全て足し合わせる。このマージナルを使って、量子誤りを推定する。標準的なBPでは、バイアス項は固定である(から、tはつかない)。DMem-BPでは、バイアス項が、変数化される。さらにメモリ効果が考慮される。数式っぽく書くと
     バイアス項(t)=(1ーメモリ強度(i))×初期バイアス+メモリ強度(i)×マージナル(t-1) 
である。メモリ強度の引数iは、データ量子ビットi毎に、メモリ強度が異なって良いことを意味している。DMem-BPは、メモリ強度の選択によってパラメータ化された柔軟な復号器ファミリーを構成する。メモリ強度を0とすると、標準的なBP復号アルゴリズムになる。メモリ強度を0~1の「定数」とすると、Mem-BP復号アルゴリズムになる。さらに、DMem-BPでは、メモリ強度は負値を許容する。負のメモリ強度は、復号精度の向上に資するが、その理由は不明である(今後の研究課題)。

【4】シミュレーションによる復号精度の比較結果
(0) セットアップ 
1⃣ 対象量子誤り訂正符号、復号戦略 
 表面符号、BB符号(グロス符号及び2グロス符号)を対象とする。表面符号の符号距離は11、グロス符号の回路距離は12(→符号距離11)、2グロス符号の回路距離は18(→符号距離17)である。
 基本的な復号戦略として、XZ復号が使用される。XZ復号とは、シンドロームσを、σXとσZに分け、導出された検査行列HXとHZを用いて、それぞれ独立に復号するアルゴリズムである。部分的な復号→訂正は結合され、(XとZに分割する前の全体)量子誤りを推定する。XZ復号は、より小さなオブジェクトを使用することで復号を簡素化するが、XとZの量子誤りを独立したものとしてモデル化するため、パフォーマンスが低下する(可能性がある)。一方、シンドロームσをσXとσZに分けない復号戦略は、XYZ復号、と呼ばれている。
 XZ復号行列の概算寸法は、グロス符号で1,000×9,000、2グロス符号で2,000×26,000、表面符号で1,000×7,000である。
2⃣ 対象復号アルゴリズム 
㈠ 復号精度 
 掲題に関しては、基本的には、従来のBPとリレーBPを比較する。リレーBPは、正確には、リレーBP-5である。つまり、求める解の数が5つのリレーBPである(☞【3】(2))。復号戦略は、XZ復号とXYZ復号が使われる。併せて補足的に、BP+OSD+CS-10🐾5と、表面符号に対して、最小重み完全マッチング(MWPM)と比較されている。
 ちなみに、MWPM には、PyMatchingのSparse Blossom❚補足3❚が用いられている。
🐾5 OSD(Ordered-Statistics Decoding):順序統計量(に基づく)復号、と呼ばれる事後処理。順序統計量(に基づく)復号は、正式な訳語ではない。BP+OSDは、qLDPC復号のゴールド・スタンダードとして確立されていた。しかし、事後処理を援用するので【2】(2)2⃣で記述した通り、復号処理が遅くなる。CS-10:コンビネーション・スイープ10、と呼ばれる貪欲法。
㈡ リアルタイム性 
 掲題に関しては、従来のBP、Mem-BPとリレーBPが比較される。リレーBPは、求める解の数が1~9が対象となっている。BP+OSD+CS-10とリレーBP-100の値も参照値として、使われている。
3⃣ その他 
 リレーの最大反復回数は60に設定した。ただし、初期収束が遅いため、初期値として80を使用する。メモリ強度γの初期値は、グロス符号と2グロス符号については0.125、表面符号には0.35を使用する。以降、γは[γcenter−γwidth/2、γcenterwidth/2]から独立して均一にサンプリングされる。
 復号精度に対する評価では、物理誤り率は、 1×10−3~5×10−3と設定されている。リアルタイム性の評価では、物理誤り率は、 3×10−3と設定されている。

❚補足3❚
 (一般的なグラフに対する)MWPMに対する多項式時間アルゴリズム🐾6として、Blossom(ブラッサム)🐾7アルゴリズムが知られていた。Blossomアルゴリズムを使った、”シンドローム・グラフ”に対する、高スループット・低遅延なMWPMアルゴリズムとしてParity Blossomがあった。つまり、量子誤り訂正における復号に特化してBlossomを改良したアルゴリズムがParity Blossomである(その意味では、Parity BlossomというよりシンドロームBlossomと呼んだ方が文言の平仄が合う)。シンドローム測定ラウンドにおいて並列化処理を適用することで、Parity Blossomを高速化したMWPMアルゴリズムとして、米イェール大学が開発したFusion Blossomがある🐾8。グーグル(Quantum AI)が開発(論文[*109]発表@arXivは25年1月14日)したSparse Blossomは、シングルコアの実行では、Fusion Blossomより速いらしい🐾9,🐾10
 ちなみに、イェール大学はマイクロBlossomという復号器を提案している(25年2月20日@arXiv[*110])。マイクロBlossomはMWPM復号器を、㊀ソフトウェアと、㊁復号グラフの各頂点/辺に1つずつ配置された並列処理ユニットを備えたプログラマブル・アクセラレータ、に分割するヘテロジニアス・アーキテクチャを採用している。0.8μ秒で復号処理を行う🐾11。教科書的には、MWPMアルゴリズムは遅いとされるが、もう十分速い! 日本では、例えばhttps://www.jst.go.jp/moonshot/sympo/20250130/pdf/ms6_mini2_05_sano.pdfを参照。
🐾6 "増加道"については、分かり易さを優先して、無視した。増加道については、例えば、https://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/coss/coss2020/kobayashi-lecture1.pdfを参照。
🐾7 Blossomは、花の意味である。無向グラフGの閉路(サイクル)Cで、ある条件を満たすCを花(blossom)と呼ぶ。ただし、ややこしいことにflowerも存在する。難しくない説明をすれば、茎(stem)のない花がblossomで、茎のある花がflower。グラフにおけるblossomとflowerの違いも、"ナラティブには"同じ関係で説明できる。数学的に正確な、flowerとblossomの違いについては、例えば、以下を参照:https://web.iitd.ac.in/~bspanda/matchingingeneralgraphs.pdf
🐾8 ちなみに、[*113]には、「Fusion Blossomなどの一部の復号アルゴリズムでは、量子誤りパターンに応じて復号時間にばらつきが生じる可能性がある」という記述がある。
🐾9 例えば、以下を参照:https://github.com/yuewuo/fusion-blossom/issues/32 
🐾10 {脱分極ノイズモデル、物理誤り率0.1%、符号距離17の表面符号、シングルコア}というセットアップで、(シンドローム測定ラウンドにつき)1μ秒未満で復号処理を行う[*109]。これは、超伝導量子コンピューターによってシンドローム・データが生成される速度と一致する。実際は、復号器と制御機器との間の往復通信時間が必要であるが、符号距離17だと17μ秒まで全体の遅延が許される(はず)ので、バック・ログ問題は回避できるのだろう。
🐾11 [*110]には、「マイクロ秒単位の(復号)遅延を達成することは、仮に可能だとしても、困難であると多くの人が考えている」と書かれている。[*109]の第1版は23年3月28日なので、知っているはずであるが・・・

(1) 結果
1⃣ 復号精度 
 最初に、最重要結果を述べる➡低い論理誤り率の実現は、メモリ強度が負の場合に限る。
 定性的な結果を簡潔に述べると、次の通り:XZ復号は、XYZ復号に劣る。リレーBPは、従来のBP及び BP+OSD+CS-10と比較して、全ての物理誤り率に対して、論理誤り率が低い(復号精度が高い)。表面符号に対しても、XYZリレーBP-5は、 MWPMと比肩する。
 定量的には、グロス符号は、物理誤り率 1×10−3であれば、論理誤り率10−7を達成する(10−6を下回る)。2グロス符号なら、3×10−3でも10−6未満を実現する。
2⃣ リアルタイム性 
 リレーBP復号アルゴリズムにおけるBP反復処理の平均回数と論理誤り率の関係から、リアルタイム性を評価している。具体的には、少ない反復回数で低い論理誤り率を実現しているー定量的に記述すると、下記①及び②から、「リレーBPはリアルタイム性あり」と判断している(ようである)。
① Relay-BP-1は30回の反復処理でBPおよびMem-BPよりも桁違いに低い論理誤り率を達成している。具体的な数値を上げると、以下の通り:BPの論理誤り率は2×10-2程度。Mem-BPの論理誤り率は、3×10-3程度である。Relay-BP-1は、1×10-4程度である。
② Relay-BP-9は300回の反復処理で、Relay-BP-1の2倍の改善を達成し(目算で、4×10-5程度)、高リソース実装のRelay-BP-100の結果(3×10-5程度)とほぼ一致する。

(2) アブレーション分析 
 本論文は、リレーBP の利点がリレー構造から生じるのか、アンサンブルから生じるのかを判別するため、アブレーション分析を行っている。具体的には、アブレーション分析のため、2つの異なるアンサンブル手法を比較している:リレー+アンサンブル=リレーBPと、アンサンブルのみ、である。どちらも、物理誤り率は3×10−3であり、グロス符号に対してR=601🐾12でXYZ復号を実行する。リレーBP版では、各レグ🐾13は通常どおり前のレグの出力周辺値で初期化される。アンサンブルのみ版では、各レグは元の事前分布から再開される。
 リレーBP版では、平均330.8±0.5回の反復で論理誤り率が(7±1)×10−6であるのに対し、アンサンブルのみ版では578±2回の反復で(1.4±0.2)×10−5という結果が得られた。本論文は、リレー+アンサンブルが、「収束速度と解の品質の両方を向上させる」と結論している。
🐾12 Rは、DMemBPインスタンスを並列実行する際の最大数。
🐾13 レグ=DMemBPインスタンス。

【5】考察
 リレーBP復号アルゴリズムはヒューリスティックスであり、上手くいく理由は、正確にはわからない。他の復号アルゴリズムと優劣を議論する段階には達していないだろう🐾8。本論文でも、多くの未解決の疑問がある、と述べられている。
❶ なぜ負のメモリ強度が、それほど重要なのか? 
❷ リレーBPは、量子メモリ実験以外で、どれほど優れた性能を示すのか? 
❸ メモリ強度を選択するより良い方法はあるのか? 
➍ 完全なFPGA実装はどれほど優れた性能を示すのか?
🐾8 量子メモリ実験では、論理演算の量子誤り訂正や復号の議論はできない。リアルタイム性の議論も、量子メモリ実験では、リアリティがない。

Ⅷ+2 ハッシング限界に迫るqLDPC符号
【0】はじめに 
 量子誤り訂正(QEC)符号は2025年時点で、4陣営に集約されたと考えている。壱の陣は、古参大名の「表面符号(及び、カラー符号)」で、かつての勢いは凄かった。弐の陣は、新参者のように見えて実は、由緒正しい「量子LDPC(qLDPC)符号」で、一部では本命視されている。参の陣は、GKP符号と猫符号を代表とするハードウェア効率が高い「ボソニック符号」で、qLDPC符号と覇を競っている。肆の陣は、傾奇者と言えなくもないが、実はこちらも由緒正しい「消失符号🐾1」で、大穴と目される。
 以下で吟味する論文はqLDPC符号を扱った論文で、復号(decode)を強く意識している点が面白い。東京科学大学の研究者は、「qLDPC符号の性能を、古典LDPC符号の水準に引き上げることに成功した」と主張する論文(以下、本論文[*114])を発表した(25年9月30日@npj quantum information🐾2)。”性能”の意味するところについては【1】(1)を参照。なお、本論文はqLDPC符号の内なる課題を解決したという内容であり、他QEC符号と比較して優劣を競ったという内容ではない。
🐾1 消失量子ビットを用いたQEC符号、の意味。
🐾2 npj=ネイチャー・パートナー・ジャーナル。natureと外部の「研究機関、財団、学術団体とのパートナーシップ」が作る、特定の研究テーマに照準を合わせたオンライン限定科学ジャーナル。npj quantum informationは、豪ニュー・サウス・ウェールズ大学とのパートナーシップで出版されているらしい。

【1】本論文の主張 
 本論文は、新しく開発したqLDPC符号について、以下を主張する❚補足1❚
(1) ハッシング限界🐾3に、より近づいた。 
(2) フレーム誤り率(FER)🐾40.01%を達成できる🐾5
🐾3 ☞【2】(1)を参照。
🐾4 ☞【2】(3)1⃣を参照。
🐾5 直接的に示された結果は、FER=0.01%までは、エラー・フロア領域が存在しない(☞【4】(1))。言い換えると、FER=0.01%を達成できる。エラーフロア領域の意味については、☞【2】(3)2⃣を参照。
❚補足1❚ 
 本論文には(a)物理量子ビット数に線形の計算コストでの復号が可能、プレスリリース[*115]には(b)高速な復号が可能、という文言がある。(a)は、本論文で提案するqLDPC符号において、「メッセージの計算量が、(置換行列のサイズ増加に伴って)物理量子ビットの数に比例する」ことを指している、と思われる。括弧内の内容は、方法セクションの、復号方法の詳細(Details of decoding methods)において述べられている。なお、メッセージは、(タナー)グラフのノードからノードに渡されるメッセージの意味である:為念。また、本論文で提案するqLDPC符号における、メッセージの計算の一部は、高速フーリエ変換を使って計算できる。(b)は、このことを指している、と思われる。
 (a)及び(b)は、少なくとも定性的には、qLDPC符号全般に当てはまるという理解なので【1】では粒立てていない。

【2】事前整理 
(1) ハッシング限界(Hashing bound) 
0⃣ シャノン限界 
 雑音のある環境(通信路:チャネル)が与えられたとき、㊀「正しくメッセージを伝えることができる」効率には限界がある。このような通信効率の限界は、シャノン限界と呼ばれている。シャノン限界は、通信路符号の文脈においては「通信路容量」という名称として知られている。古典誤り訂正符号の文脈では㊀は、量子ノイズが存在する環境において (あるいは、適当なノイズチャネルの下で)、「高い忠実度で、復号を可能とする」と置き換えられる。
 シャノン限界を達成する実用的な符号として古典LDPC(Low Density Parity Check:低密度パリティ検査)符号などが開発された。しかし、それらの符号がシャノン限界を達成するのは、特殊な通信路に限られており、一般の通信路では限界を達成できない。
 通信と言われると、ピンとこないかもしれない。しかし、ビット反転や位相反転を引き起こす量子ノイズは、物理量子ビットと外界との相互作用の結果もたらされる。そこで、相互作用≈通信と考えれば、肚落ちが良いかもしれない。
1⃣ メイン[*116] 
 【0】で言及した「qLDPC符号の性能を、古典LDPC符号の水準に引き上げる」とは、qLDPC符号において古典LDPC符号のシャノン限界に相当する、ハッシング限界に迫るqLDPC符号を構築した、ことを意味している(☞【1】(1)🐾6)。  シャノン限界が一般の通信路では達成できないように、ハッシング限界も一般のノイズ・チャネルでは達成できない(はず)。本論文はノイズ・チャネルとして、脱分極チャネルを想定している。脱分極チャネル用に設計された理想的なQEC符号Cは、脱分極ノイズ・チャネル❚補足2❚における誤り率pと符号化率Rによって特徴付けられる。
 つまり、ハッシング限界HBの引数はpとRであり、HB(p,R)と表現できる。ここで、符号化率Rは、チャネル使用ごとに送信される量子ビット数で測定される。すなわち、R = k/nとなる。kとnはそれぞれ情報語の長さ(=物理量子ビット数)と符号語の長さ(=符号長=論理量子ビット数)である。与えられた誤り率pに対して、十分に長い符号長を持つランダム符号Cを、その符号化率が、
     R ≤ HB(p,R) 
に従うように選択すれば、QEC符号Cはpに対して、極めて低い量子ビット誤り率(QBER)をもたらす可能性がある。つまり、高い復号成功確率をもたらすと考えられる(☞下記2⃣参照)。
🐾6 【1】の(2)は、その上で更に、本論文で提案した新しいqLDPC符号が優れている箇所を上げている。
❚補足2❚ 
 一般的な、1量子ビットに対する局所的脱分極ノイズ・チャネルでは、リアリティに乏しいものの、量子誤りが等確率で発生する。つまり、X誤り(ビット反転誤り)、Y誤り(位相ビット反転誤り)、Z誤り(位相反転誤り)は、等しい確率で発生する。それぞれの量子誤りに割り当てる等確率は、p/4とする場合とp/3とする場合が多い。p/4とした場合、誤りが発生しない確率は、1-3/4pとなる。
 本論文における脱分極ノイズ・チャネルは、見かけ上異なっており、X誤りとZ誤りのみを考える。そして、「X誤り発生、Z誤り発生、X誤りとZ誤りが同時に発生(=Y誤り)」に対して、等確率を割り当てる。本論文の場合は、p/3である。このため、誤りが発生しない確率は、1-3/3p=1-pとなる。
2⃣ 追記:QBER 
 ビット誤り率(BER)は古典通信における指標であり、BER=(受けったビットの内、誤っていたビット数)/(総送信ビット数)、である。これが、QBERだと量子通信ということになり、ビットが量子ビットに代わるだけである。QECの文脈では、QBER=(復号に失敗した量子ビット数)/(復号した総量子ビット数)、ということになる。BERやQBERは、あくまで、復号の成功・不成功を測っている。

(2) プロトグラフ符号 
 疎なパリティ検査行列によって定義される古典誤り訂正符号は、低密度パリティ検査(LDPC)符号と呼ばれる。LDPC 符号は、古典的な誤り訂正における符号長(=符号語の長さ=符号化後の量子ビット数=論理量子ビット数)に比例した計算量でチャネル容量に近い誤り訂正性能を実現することが知られている。
 プロトグラフ符号は、置換行列(permutation matrix:PM)を部分行列として構成されたプロトグラフ行列を用いて、パリティ検査行列が構築されるLDPC符号である。非構造化LDPC符号と同様に、プロトグラフ符号も優れた誤り訂正性能で知られている。プロトグラフ符号の符号の部分クラスには、巡回置換行列(CPM)を使用して構築される準巡回(QC)LDPC符号(QC-LDPC符号)と、アフィン置換行列(APM) を使用して構築されるアフィン置換行列LDPC符号(APM-LDPC符号)が含まれる。
 本論文では、 APM-LDPC符号を用いている。

(3) 言葉の整理 
1⃣ フレーム誤り率 
 フレーム誤り率(FER)は、少なくとも1論理量子ビットが誤って推定された回数と、論理量子ビット総数の比として定義される。
2⃣ エラーフロア領域とウォーターフォール領域 [*116] 
 エラーフロアは、LDPC符号を含む、疎なグラフベースの反復誤り訂正符号で発生する現象である。古典符号×代数復号法でビット誤り率(BER)をプロットすると、一般的には、SNR(Signal-to-Noise Ratio:信号対雑音比)条件が改善するにつれてBERは曲線状に着実に減少する。
 LDPC符号とターボ符号の場合、ある点を超えると曲線は以前ほど急激に減少しなくなる。つまり、性能が平坦化する領域が存在する。この領域をエラーフロア領域と呼ぶ。性能が急激に低下する直前の領域は、ウォーターフォール領域と呼ばれる。

【3】本論文の技術的要素 
(0) 全体フロー 
0⃣  問題意識 
 本論文は、量子誤り訂正符号全体については㊀「符号化率が低い、鋭いしきい値現象の不足による性能改善の限界❚補足3❚」という課題がある、qLDPC符号については以下㊁のような課題がある、という認識を示している:㊁「エラーフロアによる高信頼領域での性能劣化、ハッシング限界までの隔たり、さらに信念伝播復号後に必要となる高コストな古典事後処理」。
 本論文は、課題㊀の一部は、qLDPC符号では解決できる🐾7という立場に立った上で、課題㊁の解決を目指すというスタンスと推量される。
❚補足3❚ 
 要は、しきい値と物理誤り率との差が小さい、ということであろう。しきい値とは、「符号化された情報を、任意にかつ適切に保護できる量子誤り率」のことである。なお、しきい値は、”設定”に依存する。大きくは、QEC符号の種類(表面符号、カラー符号等々)、ノイズ・モデル/エラー・モデル(脱分極ノイズ、自然放出ノイズ、位相緩和ノイズ、リンドブラッド・モデルで与えられる量子誤り、非マルコフ過程に従う量子誤り、リーケージ誤り等々)、復号方法(最小重み完全一致アルゴリズム、信念伝播アルゴリズム等々)に依存する。
🐾7 「しきい値と物理誤り率との差が小さい」という課題は、qLDPC符号で解決できるというわけではない、と思われる。従って、課題㊀の一部、とした。
1⃣ 概要:課題の解決フロー 
 「エラー・フロアによる高信頼領域での性能劣化、ハッシング限界までの隔たり」は、アフィン置換行列(APM) を使用して構築されるアフィン置換行列を用いて、パリティ検査行列を構成することで解決している(☞下記(2)参照)。
 「信念伝播復号後に必要となる高コストな古典的事後処理」は、古典的事後処理を使わないことで(結果的に)解決している(☞下記(2)参照)。

(1) アフィン置換行列を用いたパリティ検査行列 
 先行研究で、ハッシング限界に近いが、エラー・フロアの問題が解決されていないqLDPC符号が構築されていた。巡回置換行列でパリティ検査行列が構成されている当該符号のエラー・フロア問題を、本論文では、アフィン置換行列でパリティ検査行列を構成することで解決する。
 具体的には、短いサイクルを符号構造から排除する。ここでサイクルとは、グラフにおける閉路である。短いサイクルは、高いエラー・フロアを引き起こすことが知られている。アフィン置換行列は、巡回置換行列における最短サイクルの長さ上限を超える可能性があるので、アフィン置換行列を採用している。アフィン置換行列の採用で、短い閉路を符号構造から排除した。つまり、エラー・フロアの発生を抑制した。

(2) 有限体上の同時信念伝播復号アルゴリズム 
1⃣ メイン 
 そもそも論として、信念伝播復号アルゴリズム(BPアルゴリズム)は、復号精度が低い。復号精度を高めるために、古典的事後処理を利用する。古典的事後処理は(余計なリソースを要するので)コストが高い。しかも、復号速度を遅くする。一般にBPアルゴリズムに対しては、復号のリアルタイム性を犠牲にせずに、復号精度を上げる工夫が必要となる。
 本論文における工夫が、有限体上の同時信念伝播復号アルゴリズムの開発というわけである。通常、LDPC符号は二元体🐾8上で定義される。特定タイプのLDPC符号は、非二元体の有限体🐾9に拡張することで、誤り訂正性能を向上させることが知られている。しかし、有限体に拡張することにより、復号に必要な計算量が増加してしまうというジレンマがあった。
 本論文では、パウリX誤り[ビット反転誤り]と パウリZ誤り[位相反転誤り]を同時に復号する、効率的な復号アルゴリズム(同時信念伝播復号アルゴリズム)を採用することで、計算量の増加に対処している(という理解)。諸々の合わせ技という理解で良いだろうか。
🐾8 言わずもがな、代数学における体(field)とは、四則演算が定義され、四則演算全てについて、閉じている集合を指す。二元体F2とは、{0,1}である。加法は、1+1=0にしなければ、F2上で閉じない。従って、F2上の加法は、2を法とした余り(つまり、mod 2)で定義する。乗法は普通に定義しても、F2上で閉じているが、やはりmod 2で定義する。つまり、F2=ℤ/2ℤである。
🐾9 有限体Fqは、ℤ/qℤで定義される。
2⃣ 追記:sum-product復号法と信念伝播復号法 
 qLDPC符号は、復号法として sum-product(SP) 復号法と呼ばれるアルゴリズムを用いるのが特徴であるとされている。信念伝播復号(BP)法は、「多数の変数に対して定義された多変数疎分解関数を周辺化するための効率的なアルゴリズムである」SP復号アルゴリズムを、確率分布に適用したアルゴリズムである。
 BPアルゴリズムは、確率的グラフィカル・モデルで使用されるメッセージ・パッシング・アルゴリズムであった。本論文において、すべてのメッセージは、グラフの変数ノード上の一様分布に初期化される。各メッセージは、更新方程式を使用して更新される。更新後、メッセージは確率分布を形成するように正規化される。つまり、信念伝播復号アルゴリズムの適用が自然と考えられる。

【4】評価結果 
(0) セットアップ
 下記結果(1)及び(2)は、シミュレーションの結果である。シミュレーションの詳細については記述されていない。ノイズ・チャネルは、脱分極チャネルである。

(1) FER0.01%達成 
 物理誤り率とFERとの関係を示した本論文の図2で、少なくともFER=0.01%(10-4)まで、エラーフロア領域(平坦な領域)が存在しないことが示されている。

(2) よりハッシュ限界に近づいた 
 物理誤り率と符号化率との関係を示した本論文の図3で、既存の最高性能qLDPC符号よりも本論文で提案したqLDPC符号は、ハッシング限界に近いことが示されている。為念:ハッシング限界を達成したわけではない。

【5】考察 
(1) BPアルゴリズムには、「複数の量子誤りパターンが同じシンドロームを生成する可能性がある」量子縮退という課題がある。この課題への対応として、メッセージの更新に量子縮退を組み込む、という手がある。本論文で縮退誤りは、単に復号失敗として扱われている。そして、「量子縮退を明示的に扱っていないことは、ウォーターフォール領域などの漸近的な挙動には影響しないと予想されるが、エラー・フロアには影響する可能性がある」としている。
 さらに、次の考えを表明している:「量子縮退を適切に処理することは、一般的にハッシング限界に近づくために不可欠であると考えられている。ハッシング限界との残りのギャップを埋めるには、量子縮退を明示的に扱う必要がある。しかし、縮退の厳密な扱いは本研究の範囲外であり、今後の研究課題となる」。

(2) 本論文の自己評価は、「古典的な誤り訂正技術に匹敵する性能を、量子の世界で示した点で画期的」というものである。学術的な視点では、特定のQEC符号(今の場合、qLDPC符号)における大きな課題を解決したという成果は、誇るべきものである。しかし商業的な視点では、各種要件をクリアする必要があるし、他QEC符号との競争に勝ち抜く必要がある。
 要件としては、①高いしきい値、②損益分岐点の達成、③高い符号化率、④スケーラビリティの達成、⑤復号まわり、⑥10-6オーダーの論理誤り率達成、⑦(脱分極ノイズではない)現実的なノイズの考慮、⑧(量子メモリ実験を越えて)量子論理ゲート操作への量子誤り訂正の実施、⑨効率的な魔法状態の準備、等が必要と思われる。⑤復号まわりだけでも、リアルタイム復号・高い復号精度・広い帯域幅、が必要である。リアルタイム復号で言えば、超伝導量子ビットの場合1µs未満での復号が求められる。かつ決定論的でなければならない。帯域幅は100TB/s が必要とされる。

(3) qLDPC符号は、そもそも、②損益分岐点を達成していないはず(表面符号とカラー符号は達成している)。①は、qLDPC符号に限らず、引き続き課題であろう(☞【3】(0)0⃣参照)。③の符号化率は高いが、符号化率が高いQEC符号は他にもある。⑥~⑨においては、特にめぼしい成果はないと思われる。 本論文は⑤における復号精度について、成果を出した、という内容である。【0】にて、「本論文はqLDPC符号の内なる課題を解決したという内容であり、他QEC符号と比較して優劣を競ったという内容ではない」と書いたのは、そういう趣旨であった。課題は、山積みである。
 もちろん課題が山積みであることは、他のQEC符号でも同様であるが、「古典的な誤り訂正技術に匹敵する性能を、量子の世界で示した点で画期的」という部分を切り取って、誇大宣伝に利用されることは、望ましくないだろう。

(4) FER=0.01%が、どれほどのものか?という疑問がある。誤り耐性量子コンピューターでは当面(最初のマイルストーンとして)MegaQuOpsを目指すが、そこにマッチするのか。本当に実用的なアプリケーション実行に必要とされるTeraQuOpsでは、どの程度のFERが必要なのか。それを示して欲しかった。

(5) なお、qLDPC符号にはハードウェア実装が難しいという問題がある、と一般的に認識されている。具体的には、スケジューリングと呼ばれる問題があるらしい。これは、「データ量子ビットを、測定に使用される補助装置に結合するゲートの順序を見つける必要がある」という問題で、解決するのは困難と認識されているようである。

Appendix 7+0.5 高性能の魔法状態準備プロトコル
【0】はじめに 
 米クオンティニュアム(モダリティ:トラップイオン)は25年6月26日付けの同社公式ブログ[*A-30]において、自社を「量子誤り訂正機能を備えた、完全な誤り耐性汎用ゲートセットを実証した🐾1初の企業となった」と形容した。この主張の裏付けは、以下にあげる2本の論文である。
 一本目の論文は、「低い時空間オーバーヘッドで、高忠実度の魔法状態が生成できることを示した」と主張する論文(以下、論文1[*A-31])で、25年6月17日に公開された(@arXiv)。2本目の論文🐾2は、「符号スイッチングが有用であることを実験的に実証した」と主張する論文(以下、論文2[*A-32])で、同日arXivにて公開された。参考のため、あまり意味のない補足をすると、魔法状態(蒸留)は量子誤り訂正の文脈ではなく、"汎用"誤り耐性(量子計算)の文脈で現れる。魔法状態蒸留については【3】(1)を参照。
🐾1 「クリフォード・ゲート、SPAM及び非クリフォード(2量子ビット)ゲートにおいて、論理誤り率が物理誤り率以下を達成した」ことを指している。
🐾2 カリフォルニア州立大学デービス校との共著。

【1】論文1及び論文2の主張 
 論文1は、 以下を主張する:
(1) 論理魔法状態準備に必要な量子リソースを削減した。☞【2】(1) 
(2) これまでで、忠実度が(おそらく)最も高い論理魔法状態を準備した。☞【2】(2) 
(3) 論理魔法状態を用いて非クリフォード・2量子ビット論理ゲートを実行した結果、論理誤り率が物理誤り率に比べて抑制された(損益分岐点越え)。
☞【2】(3)
(4) 量子誤り訂正符号を自己連接する(self-concatenate)🐾3ことで、論理誤り率がさらに抑制された、論理魔法状態を準備できる。☞【2】(4)
🐾3 量子誤り訂正符号の文脈では、concatenateに「連接」という文言が当てられる。通常は、連結と訳される。
 論文2は、以下を主張する:
(5) 符号スイッチングが、魔法状態蒸留と同等以上であることを実験的に実証した。☞【3】(2) 

【2】論文1の主張の補足 
(1) 量子リソース削減 
1⃣ 概要 
 8つの物理量子ビットだけで、2つの論理魔法状態を誤り耐性に準備することができた。なお、H6符号🐾4を使用している。
🐾4 偶数個の論理量子ビット n-4を、n個の物理量子ビットで符号化し、横断(transversal)アダマール演算を有するCSS量子誤り訂正符号のファミリーをH符号と呼び、Hnと表記する[*A-33]。従って、H6符号は、[[6,2,2]]CSS符号ということになる。CSS=Calderbank-Shor-Steane。
2⃣ なぜ、量子リソースを削減することができたか? 
 一言で言えば、「魔法状態培養(0レベル蒸留)のアイデアを踏襲したから」である。アイデアを踏襲について、以下、少し細かく述べる:
㊀ まず、忠実度が低くても構わない、論理魔法状態を準備する。なお、「(低忠実度でも構わない)論理魔法状態」とは、アダマール演算子の+1固有状態=|H+⟩ = cos(π/8)|0⟩ + sin(π/8)|1⟩である。
㊁ 次に、補助量子ビットを用いて、論理アダマール演算子を測定し、論理魔法状態を検査する。
㊂ 検査の結果、誤りが検出された場合は、論理魔法状態準備プロトコルを中止して、再試行する。
3⃣ まとめ 
 ”捨てる”(前向きな言葉に替えると、成功するまで繰り返す)ことを前提とした、論理魔法状態準備プロトコルである。そもそも論として、物理誤り率が十分に低くて、多数の物理量子ビットを準備できるモダリティ(今の場合、トラップイオン)が前提となっている。

(2) 高い忠実度 
 論文1の論理魔法状態準備プロトコルを、20物理量子ビットを備えた(クオンティニュアム製の)H1量子プロセッサに実装し、120,000 ショットを実行した。その結果、不忠実度が 7×10−5 の魔法状態が生成されることが推定された。この場合の破棄率は14.8%(受け入れ率で85.2%)である。

(3) 損益分岐点 
 非クリフォード・2量子ビット論理ゲートとして、論理Ry(−π/4)回転ゲート(いわゆるTゲート)の誤り率も評価されている。しかし、クオンティニュアムの1量子ビット物理ゲートの誤り率が低いため、論理Ry(−π/4)回転ゲートは、損益分岐点を越えないので割愛。
 非クリフォード・2量子ビット論理ゲートは、制御アダマール・ゲート(CHゲート)である。物理及び論理誤り率を取得するために、12 の入力状態で CH ゲートが評価された。物理誤り率のオーダーは10-3であるのに対して、論理誤り率は10-4である。つまり、損益分岐点を越えている。

(4) 自己連接する(self-concatenate) 
 論文1の論理魔法状態準備プロトコルは自己連接可能であり、[[6,2,2]]→[[62,22,22]]=[[36,4,4]]量子誤り訂正符号において、22=4つの魔法状態を生成することができる。自己連接された場合の量子ビット数は、既存のクオンティニュアム量子プロセッサのサイズを超えるため、シミュレーションによって、忠実度が評価された。シミュレーションはノイズありで行われた。ノイズモデルは、2量子ビットゲートの物理誤り率をpとして、誤り率pの測定誤りと、誤り率p/5の脱分極ノイズによってモデル化された。1量子ビットゲートと状態準備による量子誤りは無視された。なぜなら、その2つの量子誤り率は、H1-1では他に比べて約100倍低いからである。
 自己連接した場合、p = 10−3かつ受け入れ率 67%で、論理誤り率は 4.8× 10−10と推定された。p = 10−4の場合、受け入れ率 96% で 3.6×10−14と推定された。

【3】論文2について 
(1) 概要 
 誤り耐性量子計算において、必要不可欠でありながら困難な量子操作として、「高忠実度の論理魔法状態準備」がある。この量子操作に対する最も一般的なアプローチは、 魔法状態蒸留である。魔法状態注入が誤り耐性ではないため、その論理誤り率を(誤り耐性で実行できる)他の論理演算と同等のレベルまで下げるために『蒸留』が必要となるのであった。そして、この蒸留は、大きなオーバーヘッドをもたらすことが知られている。
 別のアプローチとして、符号スイッチングがある。このアプローチでは、まず、Tゲートなどの横断論理非クリフォード・ゲートを許容する符号内で、魔法状態を準備する。次に、その符号を、別の符号に切り替える(スイッチする)。従来、符号スイッチングは、魔法状態蒸留に比べて実用的ではないと考えられてきた。しかし近時、符号スイッチングは、これまで考えられていた以上に改善できることが示唆されていた。そこで論文2では、符号スイッチングの有用性を検証することにした。

(2) 論文1における論文2について
 論文2では、カラー符号間🐾5で符号スイッチングを用いて、魔法状態準備の実験的実証を示している🐾6。論文1での適用は、全く異なる。魔法状態蒸留工場のコストを下げるために、符号スイッチングが使われている。魔法状態を、(魔法状態を準備する際に用いた量子誤り符号の符号距離よりも)符号距離がより長い符号に注入する際に、コストがかかる。具体なコストは、追加のデータ量子ビットと追加の補助量子ビットであり、回路の深さ(が深くなること)である。そして、このコストは、符号化率が低いと、より高くなる。
 高距離符号に注入する際のコストを下げるために、論文1では、自己連接して生成した[[36,4,4]]符号を、[[16,4,4]] へ符号スイッチングして、符号化率を高めている(1/9から1/4に高まった)。なお、高距離符号への注入は、量子テレポーテーションを使って実行される。
🐾5 [[15,1,3]]量子リード・ミュラー符号から[[7,1,3]]スティーン符号にスイッチした。
🐾6 論理誤り率は、物理誤り率を下回った。

Appendix9 マイクロソフトの誤り耐性アーキテクチャ
【0】はじめに
 米IBMがarXivに投稿した論文で、誤り耐性アーキテクチャ「バイシクル・アーキテクチャ」を提示したのは、25年6月10日である(こちらを参照)。米マイクロソフトも、それに続いた(という認識で良いだろう)。マイクロソフトの研究者は、「汎用誤り耐性量子コンピューターを実現できる可能性がある、新しい量子誤り訂正符号を開発した」と主張する論文[*A-29](以下、本論文)を発表した(25年6月18日@arXiv)。
 マイクロソフトは、この新しい量子誤り訂正(QEC)符号を、4次元幾何(geometric)符号と呼称している。

【1】本論文の主張
 本論文は以下を主張する:
(1) 以下の特徴を持つ、4次元回転🐾1トーラス符号を開発した。
 1⃣ 符号化率が高い。☞【2】(3)
 2⃣ シングルショット方式である。☞【2】(4)
 3⃣ 損益分岐点を越えている。☞【3】(1)
 4⃣ 擬似しきい値🐾2が高い。☞【3】(2) 
🐾1 回転表面符号における「回転」と同じ意味である。回転によって符号距離を維持しながら、物理量子ビット数を削減する。
🐾2 しきい値とは異なるが、しきい値のような値。☞【3】(0)0⃣を参照。

(2) 低深度回路で実行可能な汎用論理演算(クリフォード論理演算)の集合を特定した。従って、空間的時間的に効率的で、かつ適切な論理誤り率を維持した論理演算の実行を可能とした。

【2】4次元幾何(geometric)符号の詳細 
 既述通り、本論文で提示した4次元幾何符号は、4次元回転トーラス符号である。
(1) トポロジカル量子符号×幾何学
 トポロジカル量子符号(本論文では「トーラス符号」と読み替えて良い)において、幾何学は、符号の性能向上に重要な役割を果たしてきた。本論文では、格子を回転させることにより、符号化率を向上させることに焦点を当てている。幾何学的な表現を導入して、数学っぽさを醸しだすと、次のように言い表すことができる。
 4 次元幾何符号は、4 次元ユークリッド空間 ℝ4の超立方格子ℤ4における整数格子 Λ 上に存在する。Λ は、整数座標を持つ周期点の集合である。もっとも、4 次元幾何符号は並進対称性を持つので、識別された境界を持つ格子 Λ の単位セル上に存在すると見做した方がより適切である。ここで言う単位セルとは、4 次元トーラスである。
 整数格子 Λ は、格子の4つの生成ベクトルを4行とする整数行列 Lで表すことができる。このような「生成行列」Lは複数存在し、それらは同じ整数格子 Λ を表す。この生成行列Lは、エルミート標準形(HNF)❚補足1❚で表すことができる。本論文では、3つの整数格子を、(ヒューリスティクス的に)抽出し、特出している。そのうちの一つが、アダマール格子である。
❚補足1❚ エルミート標準形 
 言葉よりも、数式で表現した方が、分かり易い。HNFは、その行列要素aijが、以下に示す関係式㈠、㈡を満たす上三角行列である(本質的には、下三角行列でも良い。当然、関係式は変わる)。
㈠ i > j ⇒ aij=0 
㈡ i < j ⇒ 0 ≤ aij < ajj
 一瞬、i=jという場合が抜けていると思うかもしれないが、そうではない。

(2) アダマール符号|格子→符号:行列式、符号距離 
 上記で示したように整数格子Λは、生成行列Lで表すことができる。アダマール格子とは、生成行列がH⊗Hで表される整数格子である。ここで、Hはアダマール行列である。他の2つの格子は、対応する生成行列の行列式(determinant)で表現されている。一つはDet16(つまり、行列式=16)で、もう一つはDet45である。ちなみに、アダマール格子の行列式も16である。アダマール格子上で定義される4次元幾何符号が、アダマール符号である。他も同じ。
 符号距離は、アダマール符号とDet16符号が8。Det45符号は15である。

(3) 符号化率など 
 アダマール符号の[[n, k, d]] 表記は、[[96,6,8]]となる。[[n, k, d]]表記とは、それぞれ物理量子ビット数n、論理量子ビット数k、符号距離dを記述する表記法である。従って、アダマール符号の符号化率は1/16ということになる。Det45符号は、1/45である。為参考として、IBMのBB符号(グロス符号)だと、1グロス符号・符号距離12の場合1/12。2グロス符号・符号距離18の場合1/24である。
 Λ上のトーラス符号のデータ量子ビット数は、それぞれXスタビライザーとZスタビライザーが4×Det(L)個で、6×Det(L)個となる。言わずもがな、Det(L)は、行列Lの行列式を表している。シンドローム測定をより容易にするために、XスタビライザーとZスタビライザーを測定するために、4×Det(L)個の補助量子ビットが別々に使用される。したがって、符号の1ブロックでは、6×Det(L)個のデータ量子ビットと8×Det(L)個の補助量子ビットが使用される。
 アダマール符号の場合、1ブロック=6論理量子ビットを実現するのに、(6+8)×Det(L)=14×16=224個の物理量子ビットが使用されることになる。54論理量子ビットを実現するには、224×54/6=224×9=2,016物理量子ビットが必要となる。加えて、魔法状態蒸留に必要な物理量子ビットが、そこに加わる(はずので、それなりに大きな数になるのだろう)。

(4) シングルショット方式 
 非局所的な量子誤り検出と多数の量子ビットへの作用。この2つが満たされれば、あらゆる符号をシングルショットにできることが示されている(らしい)。ここで言うシングルショットとは、シンドローム測定を1ラウンド行うだけで、量子誤り訂正が実行可能であることを意味している。シングルショットは、㊀量子誤りを素早く訂正できる(リアルタイム復号の観点)、㊁シンドローム測定における測定誤りを減らすことができる、㊂量子回路の深度を浅く抑えられる、というメリットがある。
 本論文で提示する4次元幾何符号が、シングルショット可能であることは、符号の幾何学的性質から、数学的に証明される。数学的なステートメントを機械的に流すと、以下のようになる:4次元ループのみ❚補足2❚のトーラス符号は、self-correcting❚補足3❚であることが証明されている。self-correctingトポロジカルCSS 符号は、シングルショットである。4次元幾何符号は、4次元ループのみのトーラス符号であり、トポロジカルCSS 符号である(ように構築されている)。このため、4次元幾何符号は、シングルショット可能であることが証明される。
 なお、QEC符号のシングルショット特性は、1ラウンドのシンドローム測定で完璧な復号が可能になることを意味しない。また、1ラウンドのシンドローム測定のみを使用することも要求しない。シングルショットで(1ラウンドの)量子誤り訂正を行った後も、量子誤りが残留している可能性はある。あくまで、量子計算の結果が使い物にならないほど量子誤りが蓄積されることはないだろう、ことを意味しているに過ぎない。使い物にならないほど量子誤りが蓄積されている場合は、古典的事後処理によって、破棄するという処理になる。
❚補足2❚ ループのみ 
 以下の、QEC符号と物性物理との関係性を天下り的に受け入れると、話の展開は多少スッキリするだろう:概念的には、トポロジカル量子符号は、(物質の)トポロジカル相の基底状態に過ぎない。その上で「ループのみ」を説明すると、トポロジカル秩序相が、ループ状の素励起のみを持ち、点状の素励起(点励起)を持たない場合を指している。だから何なんだ?という疑問は、もっともであるが、単にself-correcting を証明するための条件と捉えれば、十分であろう。
❚補足3❚ self-correcting 
 QEC符号と物性物理との関係性(⤴❚補足2❚)を念頭に置いた上で、QEC符号の文脈における self-correcting を定義すると、以下のようになる:トポロジカル量子符号は、非ゼロの有限温度で非自明なトポロジカル秩序を維持する場合、self-correcting と呼ばれる。日本語に訳すと、自己修復能になるだろうか。このため、self-correcting であれば能動的な誤り訂正を行わない限り、量子メモリは熱力学的極限では、非ゼロの有限温度で破壊されない。

(5) 復号
 マイクロソフトは、4次元幾何符号用に復号器を開発していない。IBMがBB符号用に、リレーBP(信念伝播)復号器を開発したのとは、対称的である(リレーBP復号器は、こちらを参照)。先走って結論を言えば、4次元幾何符号に対するリアルタイム復号は視野に入っていない。そして、IBM同様、専用の復号器を開発する必要があるだろう。
 本論文は、復号器としてBP+OSD復号器🐾3とパワー復号器🐾4を使用して、4次元幾何符号の性能を評価している。パワー復号器は、最適化ルックアップテーブルに類似した復号器である。シンドロームtが与えられた場合、この復号器は、既知のシンドローム集合Sからtに一致するサブセットを見つけようとする。
 ここでザックリ評価を述べると、ルックアップテーブル方式のパワー復号器は、当然ながら遅い。BP+OSD復号器は、4次元幾何符号がシングルショット方式でるため、復号精度が低い。
🐾3 OSD(Ordered-Statistics Decoding:順序統計量(に基づく)復号)は、古典的な事後処理である。OSDを援用すると復号精度は上がるが、復号処理速度は遅くなる。
🐾4 パワーは、べき乗の意味である。

(6) 低深度回路で実行可能な汎用論理演算(クリフォード論理演算)の集合を特定 
 割愛。

【3】比較結果
(0) セットアップ 
0⃣ 前説 
 論理誤り率と擬似しきい値を比較している。論理誤り率の詳細は、下記1⃣を参照。擬似しきい値は、しきい値とは異なる。しきい値で比較できれば良かったのだろうが、他のQEC符号でしきい値を算出するのが難しかったのだろう(と忖度)。しきい値から擬似しきい値への変換写像が、全ての符号に対して、同型写像であるとは限らないが、順序はひっくり返さないだろう。同じ尺度(つまり、擬似しきい値)で比較している限り、擬似しきい値が高ければ、しきい値も高いはずである。
1⃣ 共通する基本設定
 標準的な回路レベル・ノイズモデルを想定。物理誤り率は、1×10-3で設定。論理誤り率は、量子誤り訂正ラウンド1回あたり、かつ1論理量子ビットあたり、で算出する。
2⃣ 比較対象とするQEC符号 
 ⓪アダマール符号[[96,6,8]]を、以下3つのQEC符号と比較する:❶回転表面符号[[64,1,8]]、❷米IBMの2変数バイシクル符号[[90,8,10]]、❸加PhotonicのqLDPC符号”SHYPS”[[225,16,8]]。

(1) 論理誤り率の結果 
 ⓪4×10-7。❶7×10-6、❷6×10-7、❸3×10-5
 ちなみに論理量子ビットあたり、という条件を外すと、以下の通り:⓪2×10-6。❶7×10-6(論理量子ビット数1なので同じ値)、❷5×10-6、❸5×10-4。⓪及び❶~❸のいずれも、損益分岐点は越えている。

(2) 擬似しきい値の結果 
 以下の通り:⓪1%。❶0.24%、❷0.53%、❸0.3%。擬似しきい値が高いので、アダマール符号の「しきい値」も、高いだろう、という推測は成り立つはず。定量的な議論はできないだろうが、表面符号より高いことは間違いないのだろう。

【4】考察
(0) 基本的な確認 
 量子誤りとしては、パウリ誤りのみを想定している。リーケージ誤り等の非パウリ誤りは、事前選択あるいは事後選択を利用することで、削減するという戦略である。ノイズは、脱分極ノイズを想定している。
 論理誤り率並びに損益分岐点の議論は、もちろん量子メモリ実験を対象とした、シミュレーション・ベースである。論理演算は、クリフォード演算のみである。つまり、やるべきことは、たくさん残っている。

(1) 誤り耐性アーキテクチャ 
 IBMは、誤り耐性アーキテクチャが満たすべき基準をリストアップしている[*101](こちらを参照)。
㊀ 誤り耐性・・・論理誤りが十分に抑制され、意味のあるアルゴリズムが成功すること。
㊁ アドレス可能性・・・個々の論理量子ビットを計算中に、準備または測定できること。
㊂ 汎用性・・・論理量子ビットに、汎用的な量子命令セットを適用できること。
㊃ 適応性・・・測定値はリアルタイムで復号され、後続の量子命令を変更できること。
㊄ モジュール性・・・ハードウェアは、量子的に接続された交換可能なモジュール群に分散されていること。
㊅ 効率性・・・意味のあるアルゴリズムを、妥当な物理リソースで実行できる(符号化率が高い)こと。
 マイクロソフトは、量子コンピューターのモダリティに拘りはない。モダリティとして、中性原子、トラップイオン、光を選択した場合(㊁が満たされて)、4次元幾何符号をベースとするマイクロソフトのアーキテクチャは、㊃と㊄以外は、満たされていると考えられるだろう。
 為参考で、IBMのバイシクル・アーキテクチャは全て満たす、とする(㊄は若干怪しい気がする・・・)。㊁は、カプラの開発次第である。

(2) QEC符号に関する論点 
 4次元幾何符号の対して掲題は、以下のようにまとめられるだろう。
① しきい値→ 高い(はず)。
② 損益分岐点→ 越えている。
③ 符号化率→ 高い。
④ スケーラビリティ/符号距離スケーリング→ 格子のサイズを拡大すれば、符号距離も大きくなるという「スケーラビリティ」は満たされる(はず)。符号距離スケーリングの議論はない。
⑤復号→ リアルタイム復号のためには、4次元幾何符号用の復号器を開発する必要があるだろう。
⑥論理誤り率→ 重要なマイルストーンである10-6に到達していると考えて良いだろう。
⑦現実的なノイズへの対応→ 事後処理で対応する意向かもしれないが、それで対応できる保証はないと思われる。 
⑧(量子メモリ実験を越えて)量子論理ゲート操作に対する量子誤り訂正→ 今後の課題。 
⑨接続性・モジュール性→ 今後の課題(と思われる)。 
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Supplement Ⅰ 分散量子コンピューティング
Ⅰ-1 トラップイオン⊕量子ゲートテレポーテーション 
【0】はじめに
 英オックスフォード大学の研究者は、「大規模量子コンピューティング実現への道筋を提供した」と主張する論文[*Supp-1](以下、本論文)を発表した(25年2月5日@nature)。大規模量子コンピューティングは、「物理的に隔離された小規模のモジュールをつないで、量子計算を実行する」、いわゆる分散量子コンピューティング(モジュラー・アーキテクチャ、あるいはモジュラー・アプローチ)❚補足0❚によって実現する。「実現への道筋を提供した」とは、2量子ビット論理ゲート操作を分散環境で実行できた、ことを意味している。実際に、量子アルゴリズムを実行させた。
❚補足0❚
 表現が正確さを欠いているので、補足する:物理的に離れた量子コンピューティング・デバイスを相互接続するために「量子もつれ(エンタングルメント)」を使う場合、分散(型)量子コンピューティングと呼ばれる。光子あるいはマイクロ波リンクを介して接続する場合、モジュラー・アーキテクチャ、あるいはモジュラー・アプローチと呼ばれる。本論文は、量子もつれを使っているので、分散量子コンピューティングである。

【1】本論文の主張
 本論文は、
   「決定論的かつ繰り返し実行可能な量子ゲート・テレポーテーション(QGT🐾1)」
を実装することで、約2m離れたトラップイオン・モジュール×2で構成される
   「量子ネットワーク全体での、分散量子コンピューティング」
を実証したと主張する。具体的には、以下を行った:
(1) 制御Z(CZ)ゲートを『決定論的に』テレポートし、平均ゲート忠実度86%を達成した。
(2) iSWAPゲートとSWAPゲートを非局所的に実装した❚補足1❚。平均ゲート忠実度は、それぞれ70%及び64%であった。
(3) 分散量子コンピューターにおいて、代表的な量子アルゴリズムであるグローバー・アルゴリズムを決定論的に実行した。平均成功率は、71%であった🐾2
🐾1 Quantum Gate Teleportation
🐾2 500 回繰り返した結果の平均値。当然(?)、量子誤り訂正は実行されていない。(半)双曲フロケ符号を使ったら、どうなるだろうか?
❚補足1❚
 これは、QGT(いまの場合、量子ビットゲートがCZゲートであるQGT)を、繰り返し連続的に適用できたことを意味する。iSWAPゲートは、2つのCZゲートに分解できる。SWAPゲートは、3つのCZゲートに分解できる。なお、任意の2 量子ビットユニタリー演算(つまり、2量子ビットゲート)は、最大3つのCZ ゲートに分解できることが知られている。従って、ここで示したことは、「任意の2 量子ビット操作を分散できることを実証したこと」を意味する。

【2】本論文の技術仕様 
(1) 基本的なセットアップ 
 量子ネットワークは、2つのトラップイオン・モジュール「アリスとボブ」で構成されている🐾3
🐾3 ちなみに、アリス及びボブで使用されるトラップは、米エネルギー省傘下のサンディア国立研究所で開発されたトラップを使用している。 
1⃣ 量子ビット 
 モジュール・アリスとモジュール・ボブでは、2つの異なるイオンによって、回路量子ビットとネットワーク量子ビットを作成している。2つの異なるイオンとは、❶43Ca+イオン(カルシウム・イオン)と❷88Sr+イオン(ストロンチウム・イオン)である。❶カルシウム・イオンが作成するのは、回路量子ビットである。補助量子ビットも、カルシウム・イオンが作成する。❷ストロンチウム・イオンが作成するのは、ネットワーク量子ビットである。回路量子ビットとネットワーク量子ビットは、直接やり取りしない。回路ビットの情報が補助量子ビットに局所的に転送され、補助量子ビットがネットワーク量子ビットとが、情報をやり取りする。
2⃣ ネットワーク 
 ネットワーク量子ビット間で、量子もつれ(伝令付きのリモート・エンタングルメントされたベル状態)が生成されて、モジュール間でネットワークが構築される。ネットワークは、フォトニック相互接続により構成される。つまり、情報を運ぶキャリアは、光である。

(2) 本論文における技術仕様と、従来研究における技術仕様との違い 
1⃣ 従来研究の技術仕様 
 これまで、トラップ・イオンのQCCD(量子電荷結合デバイス)アーキテクチャでは、次のような量子ネットワークが構築されている。
㊀ 局所的操作を通じて、量子ビット間で量子もつれを、決定論的に生成。
㊁ 光子を使用してモジュール間で、量子情報を「直接伝送」。
㊂ (㊁直接伝送の帰結として起こる)量子チャネルにおける光子損失によって、回路量子ビットの情報の一部が、回復不能に失われる。
㊃ エンタングルメントの生成中に、回路量子ビットがデコヒーレンスを起こす。つまり、回路量子ビットが符号化された量子情報を失う。
2⃣ 本論文の技術仕様:対比 
㊀➡ 本論文では、リモート・エンタングルメントを生成している(☞【3】参照)。 
㊁及び㊂➡ 本論文では、直接伝送ではなく、量子(ゲート)テレポーテーションを採用する。このため、光子損失によって、回路量子ビットの情報が失われることはない。
㊃➡ 本論文では、2種類のイオン(原子種)を使用する。回路量子ビット遷移周波数の感度は、ネットワーク量子ビット遷移周波数の感度と比べて、約2桁低い。その結果、回路量子ビットの量子情報が保持される。さらに、動的デカップリングによって位相ずれ(誤り)を抑制する❚補足2❚ことで、さらに量子情報保持への堅牢性を高める。
❚補足2❚
 以下の『事実』を利用して、「エンタングルメント生成の伝令(herald)から、QGT プロトコルの実行までの時間を最小限に抑える」ことで、「位相ずれ誤りを抑制している」。『事実』:回路量子ビットの 1 つに対する動的分離パルスの作用が、テレポートされた CZ ゲートを介して伝播できる。

【3】リモート・エンタングルメント 
 別個のモジュールにあるネットワーク量子ビット間の伝令付きリモートエンタングルメントの生成は、本論文QGTプロトコルの中核である。
(1) 概略 
 Sr+イオンと、エンタングルメントされた自発的に放出された422nm光子は、高開口数レンズを使用して各モジュールから収集され、シングルモード光ファイバーが光子を中央のベル状態分析器に運ばれる。そこで光子を測定すると、イオンが最大限にエンタングルメントされた状態に射影される。これにより、2 つのモジュールを相互接続する光量子チャネルが形成される。
 674nmのπパルスを使用して、基底状態のゼーマン量子ビットから光量子ビット(ネットワーク量子ビット)に、リモート・エンタングルメントをマッピングし、その後の操作で四重極パルスの数を最小限に抑える。エンタングルメントの生成が成功すると、特定検出器のクリック・パターンによって伝令(herald)され、最大限にエンタングルメントされたベル状態が生成される。
 上記プロセスは、回路量子ビットに量子情報を保存しながら、同時に実行される。既述の通り、回路量子ビットは、このネットワーク・アクティビティに対して堅牢である。

(2) 為参考:定量データ 
 エンタングルメント生成の試行には 1,168ナノ秒かかり、エンタングルメントを正常に伝令するには平均 7,084 回の試行が必要である。これは 1.41 × 10-4の成功確率に相当する(1/7,084 = 1.41 × 10-4)。イオン結晶の加熱を緩和するために、200マイクロ秒のエンタングルメント生成試行と、共鳴再冷却を交互に行う。共鳴再冷却は、ドップラー冷却と、それに続く電磁誘導透過冷却で構成される。
 全体として、平均エンタングルメント生成率は 9.7 /秒になる。つまり、ネットワーク量子ビット間のエンタングルメントを生成するのに平均103 ミリ秒かかる(1/0.103秒=9.71 /秒)。ただし、インターリーブ冷却シーケンスを最適化することで、この率を上げることができる。

【4】誤り予算(error budget) 
 本論文は、テレポート CZ ゲートに影響を与える、主な、量子誤り源をまとめている。
(1) 概略 
 最も大きい誤り源は、リモート・エンタングルメントである。リモート・エンタングルメントされたネットワーク量子ビットの忠実度は96.89%であった(誤り率3.11%)。本論文は、エンタングルメント蒸留によって、この誤り率を、さらに下げられるだろうとする。
 次に大きい誤り源は、原子種の異なるネットワーク量子ビットと補助量子ビットとの間のゲート操作で、誤り率はアリスで2.4%。ボブで2.0%。次いで、回路量子ビットのデコヒーレンス1.9%(アリス)、1.8%(ボブ)。以下、回路量子ビットと補助量子ビットとの間の情報転送0.76%(アリス)・0.52%(ボブ)。中間回路測定0.091%(アリス)・0.122%(ボブ)。回路量子ビットの局所的回転操作0.016%(アリス)・0.015%(ボブ)、となっている。

(2) 特出し:リモート・エンタングルメントの忠実度
 本論文は、リモート・エンタングルメントの忠実度に対する主な制限ついて、次のように考察している:
     ×「射影ベル状態測定を実行するために使用される装置の欠陥」
     ○「各モジュールにおける、イオン・光子エンタングルメントの生成中に発生する誤り」。
 特に、誤りの主因は、各モジュールから単一光子を収集するために使用されるイメージング・システムの欠陥による偏光混合と、モジュール間のネットワーク・リンクを形成する光ファイバーの複屈折のドリフトである。

【5】考察
(1) 論理ゲートは、もちろん、クリフォード論理ゲートである。量子優位性を実現させるには(もちろん、あくまで必要条件として)、TゲートのQGTが残っている。

(2) フォトニック相互接続でモジュールを繋ぐ仕様のため、モダリティはトラップイオンに限定されない。しかし、 エンタングルメントの生成中に、回路量子ビットがデコヒーレンスを起こさないようにするため、本論文では、2種のイオンを使っている。中性原子では例えば、同位体を使うこと🐾4で、同様なことが容易に実行できるだろう。超伝導で不可能とは言わないが、制御は煩雑にならざるを得ない、と思われる。つまり実際は、ある程度モダリティが限定される、と思われる。
🐾4 例えば、京都大学は、(イッテルビウム)原子の同位体を使い、それそれをデータ量子ビット(読み出される側)と補助量子ビット(読み出す側)として使うことで、読み出しに起因する量子誤りを減らせることを実証した[*Supp-2]。

╏参 考╏ 分散量子コンピューティングで、VQEとQAOAを実行
❚概 要❚
 英国の量子ソフトウェア・スタートアップQoro Quantumは、ガリシア・スーパーコンピューティング・センター(CESGA)†1のスパコンを使って、「分散量子シミュレーションを成功させた」と発表した(25年5月2日)[*Supp-3]。
†1 スペイン北西部に位置する(スペインの自治州の一つである)ガリシア州に在する科学技術研究機関。富士通と共同研究開発を行う契約を結んでいる(バルセロナ・スパコンセンターとも締結)。Euro-QCSの枠組み(スペインでは、バルセロナ・スパコンセンターが担当)とは別ラインで、量子コンピューティング研究を推進している。
❚セットアップ❚
(1)実行環境
 10個のコンピューティング・ノードで、並列化した量子アルゴリズムを実行させた。この場合のコンピューティング・ノードは、QPU(量子プロセッサ)エミュレーターで、仮想QPUである。ちなみに、CESGAには、英オックスフォード・クォンタム・サーキッツ(モダリティ:超伝導)製のQPUが設置されている。量子ビット数は32。
(2)ソフトウェア
 Qoro Quantumの「並列化量子アルゴリズム・ソフトウェア・パッケージDivi、スケジューラ、オーケストレーション・プラットフォーム」と、CESGAの「分散QPUエミュレーター・プラットフォーム」CUNQAが使用された。
(3)量子アルゴリズム
 変分量子固有値ソルバー(VQE)と近似的量子最適化アルゴリズム(QAOA)。
❚結 果❚
(1) VQE 
 水素分子のシミュレーションを行った(基底エネルギーの計算を行った)。アンザッツ(パラメータ付き量子回路)は、UCCSDアンザッツ†2とHFアンザッツ†3を使用。結合長は、20以上を扱った(0Å超~2.5Å超を20以上に離散化した)。様々な結合長とパラメータに基づいて、6,000個のアンザッツを生成した。ワークロード全体のシミュレーションは、わずか0.51秒で完了した。
†2 摂動法を用いたポストHF(ハートリー・フォック)法の一つであるCC(クラスター結合)法において、摂動を1電子励起+2電子励起で打ち切った場合、CCSD法と呼ばれる。先頭のUは、ユニタリー量子回路に、結合クラスター法を実装することを意味している。
†3 HF=ハートリー・フォックである。HFアンザッツは、HF法を物理的に実装したアンザッツという意味である。
(2) QAOA 
 150ノードのグラフを15のクラスターに分割する、最大カット問題†4を解いた。2,850回路のケースでは、量子対古典の切断数比は0.51であり、実行時間は2.13秒。21,375回路のケースでは、量子対古典の切断数比は0.65に『改善』した。つまり、スケーリングすることが示された! なお、実行時間は15.44秒であった。
†4 グラフのノードを2グループに分割する場合に、エッジを切断する数を最大化するという問題。
❚まとめ❚
(1) 量子アルゴリズムを、ソフトウェアが自動で並列化→複数のコンピューティング・ノード(仮想QPU)で実行→妥当な結果が、許容できる(?)時間内で得られた。
(2) さらに、スケーリングすることが示された。

Supplement Ⅱ ノイズ・バイアスを保存する量子ビット・ゲート 
【0】前振り 
 2024年3月に米IBMが発表した論文[*44]によって、誤り耐性量子コンピューティングを実現するために表面符号に必要とされる量子リソース・オーバーヘッドは、許容できないと広く知られるようになった(と思われる)。IBMは量子低密度パリティ検査(qLDPC)符号を担いでるが、量子リソース・オーバーヘッドが小さい量子誤り訂正符号(QEC符号、QECC)には、いわゆるボソニック符号と呼ばれるQECCが存在する。
 シュレーディンガーの猫状態を基本量子ビットとして用いる猫符号と呼ばれるボソニック符号は、ノイズ・バイアスを利用したQECCである。ノイズ・バイアスとは、量子ビットに固有な物理的性質により、量子誤りの発生する割合が、位相反転誤りもしくはビット反転誤りのどちらかに大きく偏っている性質を指す。猫符号であれば、ビット反転誤りの発生は無視できる🐾1。そして、位相反転誤りは、繰り返し符号のような、古典的誤り訂正符号で誤り訂正可能である(つまり、量子誤り訂正が、より容易である)。
🐾1 正確に言うと、シュレーディンガーの猫状態の「サイズ」(平均光子数)に応じて、ビット反転誤りの発生は指数関数的に抑制される。

【1】概要 
 【0】において、ノイズ・バイアス最強説を展開したように見える。しかし、話はそう単純ではない。ゲート操作後にノイズ・バイアスは、一般的には維持されない。正確に言うと、有限ヒルベルト空間を持つシステムでは、ノイズ・バイアス保存 CNOT ゲートは不可能である🐾2。つまり、有限ヒルベルト空間を持つシステムではゲート操作後、位相反転誤りが、ビット反転誤りに変換されるといった「誤変換」が起こり得る。
 墺パリティQC🐾3及び墺インスブルック大学の研究者は、ゲート操作後に位相反転誤りが、ビット反転誤りに変換されるといった「誤変換」を防ぐプロトコルを提案した論文[*Supp-4](以下、本論文)を発表した(25年8月1日@arXiv)。有限ヒルベルト空間であれば先の誤変換は防げないので、ヒルベルト空間を拡張する必要がある。具体的には、量子ビットの内部状態に、(量子ビットを担う物理的な)粒子🐾4の位置自由度を加える。なお、この場合ノイズ・バイアスは、近似的にしか維持されない。
🐾2 有限ヒルベルト空間を持つシステムでなければ、その限りではない。調和振動子の無限次元ヒルベルト空間を利用する「猫符号」であれば、ノイズ・バイアス保存 CNOT ゲートも可能である。言わずもがなであるが、為念:2量子ビットゲートのCNOTで「ノイズ・バイアスを維持することが不可能」という主張は、1量子ビットゲートであれば、ノイズ・バイアスを維持できることを意味しない。
🐾3 量子S/Wスタートアップ。墺インスブルック大学及びオーストリア科学アカデミーからスピンアウトしている。なお、QC=Quantum Computingである。
🐾4 本論文は、モダリティとして、量子ドット内に閉じ込めたスピン(を使った量子ビット)及び(光ピンセットで捕捉された)中性原子を取り上げている。つまり、”粒子”=量子ドットあるいは中性原子ということになる。

【2】「誤変換」を防ぐプロトコル 
(1) 測定型量子計算とのアナロジー 
 本論文が提案する、「誤変換」を防ぐプロトコルの全体像はイメージし難いかもしれない。量子演算(量子計算)を、測定型量子計算とのアナロジーで捉える🐾5とイメージし易いだろう。本論文の提案手法(つまり、「誤変換」を防ぐプロトコル)では、拡張ヒルベルト空間で状態準備を行う。一方、測定型量子計算では、大規模な多体量子もつれ状態🐾6を準備する必要がある。そして、本論文の手法及び測定型量子計算は、測定を行うことで、量子計算を実行する。それが全体像である(と理解)。
 状態準備は、測定型量子計算でも「成功するまで繰り返せば良い(ダメなら捨てる🐾7)」とされており、本論文手法でも同じと考えられる。量子アルゴリズムを走らせることに相当する測定型量子計算における測定は、その種類を減らすことが、量子計算を効率的に行う上で重要とされる。測定型量子計算では、必要な測定を、2種類のパウリ測定にまで削減できる🐾8ことが理論的に示されている[*Supp-5]。本論文手法は、1種類のパウリ測定で十分である(と理解)。
🐾5 あくまでアナロジーが成立する(と考えられる)だけで、違いは存在する。例えば、測定型量子計算で準備する入力状態は、計算内容に依存しない。本論文手法で準備する入力状態は、計算内容にどっぷり依存する。
🐾6 一般的には、リソース状態とよばれる。グラフ状態やクラスター状態と呼ばれるリソース状態が存在する。
🐾7 とは言え、ダメなら捨てる方式が向かないモダリティはある。超伝導は向かない。中性原子、トラップイオン、光は向く。量子ドット・スピンが向くかは、(知識不足で)判断できない。
🐾8 この場合、ハイパーグラフ状態と呼ばれるグラフ状態を用いられる。
(2) 細かい部分に対する補足
 本論文手法では(有限次元)ヒルベルト空間で準備する入力状態(入力量子ビット)とは別に、量子ビットの位置自由度を反映した補助量子ビットを準備する🐾9。補助量子ビットは、入力量子ビットに、特殊な量子ゲートを作用させて準備する。本論文では、この特殊な量子ゲートを置換型量子ゲート🐾10と呼んでおり、置換型Xゲートと置換型CNOTゲートを具体的に構成している。
 次に、入力量子ビットと補助量子ビットを量子もつれさせる。両者の量子もつれ状態を作ることで、拡張ヒルベルト空間で”入力状態”を準備したことになる。量子ビットの位置自由度はブロッホ球の回転では表現できないから、拡張ヒルベルト空間の入力状態は、ブロッホ球の回転で表現できてしまう「誤変換」の影響を受けない(と理解)。
 拡張ヒルベルト空間の入力状態を測定して(任意の)量子計算を実行するには、量子ビットの位置自由度も操作(可能に)する必要がある。本論文手法を実装する際の主要な課題は、実行可能な形式で、この操作(再配置操作)を設計することである🐾11。本論文では、この設計に、大きく紙幅を割いている。
 入力量子ビットと補助量子ビットとの量子もつれは、測定を行うことで、ほつれ(ディス・エンタングル)させることができる。つまり、2つの量子状態の直積で表現できる分離状態にすることができる。計算結果は、入力量子ビットに置換型ゲートが作用した状態として、取り出される。
🐾9 本論文のシミュレーション(☞【3】)では、99.9%の成功確率で準備できると”仮定”されている。その確率で準備可能なのかは、実際にやってみないとわからない。
🐾10 置換型量子ゲートは、再配置操作(量子ビットの位置自由度操作)と量子ほつれ操作が追加された量子ゲート、という理解で良いであろう。
🐾11 全てのモダリティ(ハードウェア・プラットフォーム)×全ての量子ゲートの組み合わせにおいて、実行可能とは限らない(と本論文で述べられている)。

【3】ノイズ・バイアスが維持されているかを検証したシミュレーション結果 
 本論文では、Si/SiGe量子ドット内のスピン量子ビットに対して、置換型Xゲートと置換型CNOTゲートの両方について、ノイズ・バイアスが維持されているかをシミュレーションで検証している。具体的には、拡張ハバード模型のハミルトニアンに基づいて、量子プロセス・トモグラフィーをシミュレートすることにより、ノイズ・バイアスを確認している。パラメータは、現実的な値を採用している。
(1) 置換型Xゲート 
 位相反転誤り🐾12(パウリZ誤り)のシミュレーション結果は、概ね10-2である。ビット反転誤り🐾12(再)(パウリX誤り)は、概ね10-3🐾13であるから、1桁小さい🐾14。これをもって、ノイズ・バイアスは維持されていると判断している。なお(🐾9で既述通り)シミュレーションでは、状態準備における成功確率として現実的な99.9%を設定しているが、これを100%にすると、 ビット反転誤りは10-4にまで低下する。 位相反転誤りは、ほぼ変わらない。
🐾12 言うまでもないが、物理誤り。
🐾13 ちなみに、10-3という物理誤り率は、量子誤り訂正におけるしきい値定理上、望ましいとされる最低限の水準である。
🐾14 ちなみに、パウリY誤りもビット反転誤りと”ほぼ同じ”傾向及び水準。
(2) 置換型CNOTゲート 
 置換型Xゲートとほぼ同じなので割愛。

【4】考察 
 本論文手法は、量子ビットの位置自由度を使うことがポイントである。位置自由度を使う必要があるため射程は、中性原子、量子ドット内スピン、トラップイオン等に限られる。つまり、超伝導や光というモダリティには、適用不可。ただし、超伝導や光は、調和振動子の無限次元ヒルベルト空間(超強結合の光共振器)を利用できるので、適用不可でも特に問題はないだろう。さらに、中性原子やトラップイオンも(超強結合の)光共振器を使える。半導体量子ドット中の電子とテラヘルツ電磁波との強結合状態に成功した、という研究成果も存在する。従って本論文手法が、どこまで商業上の競争力があるか、という議論になるだろうか。
 アイデアとしては面白い。物理実装した場合の結果が、シミュレーションの結果と同じなら、alternativeとしてのインパクトはあるだろう。また(理解が誤っていないのであれば)、置換型非クリフォード・ゲート(置換型Tゲート)も必要なはずである。

【尾注】
*75 Evan Sutcliffe et al.、Distributed quantum error correction based on hyperbolic Floquet codes、https://arxiv.org/pdf/2501.14029
*76 松本 佳彦、双曲平面の幾何学、http://www4.math.sci.osaka-u.ac.jp/~matsumoto/events/2016-koukai/20160810-neg-slide.pdf
*77 田島貴之、双曲曲面上の閉測地線とタイヒミュラー空間、https://chuo-u.repo.nii.ac.jp/record/5469/files/1345_2428~~38~12.pdf
*78 https://www.ibm.com/blogs/systems/jp-ja/qldpc-codes/
*79 Christophe Vuillot、Planar Floquet Codes. 2022. ffhal-03375918v2f、https://inria.hal.science/hal-03375918/file/Floquet_codes_arxiv_v2.pdf
*80 Oscar Higgott and Nikolas P. Breuckmann、Constructions and performance of hyperbolic and semi-hyperbolic Floquet codes、https://journals.aps.org/prxquantum/abstract/10.1103/PRXQuantum.5.040327
*81 Matthew B. Hastings and Jeongwan Haah、Dynamically Generated Logical Qubits、https://arxiv.org/pdf/2107.02194
*82 丹羽 亮太朗、トーリックコードとハニカムコード、https://event.phys.s.u-tokyo.ac.jp/physlab2023/pdf/qnt-article06.pdf
*83 Nikolas P. Breuckmann、Quantum Subsystem Codes Their Theory and Use、https://www.quantuminfo.physik.rwth-aachen.de/global/show_document.asp?id=aaaaaaaaaaiidbg
*84 https://www.riken.jp/press/2024/20240905_1/index.html
*85 Distributed Quantum Error Correction: theory breakthrough from Nu Quantum charts pathway for quantum computing scale-out、https://www.nu-quantum.com/news/distributed-quantum-error-correction-theory-breakthrough-from-nu-quantum-charts-pathway-for-quantum-computing-scale-out
*86 ←QEM_QEC.htmlで採番済
・・・
*93 Nord Quantique、Suppressing Logical Errors with Multimode Quantum Error Correction、https://nordquantique.ca/uploads/blog/Nord_Quantique_-_Tesseract_technical_paper_May_2025.pdf
*94 Baptiste Royer et al.、Encoding Qubits in Multimode Grid States、https://journals.aps.org/prxquantum/pdf/10.1103/PRXQuantum.3.010335
*95 Marc-Antoine Lemonde et al.、Hardware-Efficient Fault Tolerant Quantum Computing with Bosonic Grid States in Superconducting Circuits、https://arxiv.org/pdf/2409.05813
*96 Kevin S. Chou et al.、A superconducting dual-rail cavity qubit with erasure-detected logical measurements、https://www.nature.com/articles/s41567-024-02539-4
*97 Daniel J. Weigand and Barbara M. Terhal、Generating Grid States From Schrodinger Cat States without Post-Selection、https://journals.aps.org/pra/abstract/10.1103/PhysRevA.97.022341(arXiv版は、 https://arxiv.org/pdf/1709.08580)
*98 Y. Ma et al.、Error-transparent operations on a logical qubit protected by quantum error correction、https://arxiv.org/pdf/1909.06803
(*44 Sergey Bravyi et al.、High-threshold and low-overhead fault-tolerant quantum memory、https://www.nature.com/articles/s41586-024-07107-7)
*99 https://jp.newsroom.ibm.com/2025-06-11-IBM-Sets-the-Course-to-Build-Worlds-First-Large-Scale,-Fault-Tolerant-Quantum-Computer-at-New-IBM-Quantum-Data-Center
*100 https://www.ibm.com/quantum/technology#roadmap
*101 Theodore J. Yoder et al.、Tour de gross: A modular quantum computer based on bivariate bicycle codes、https://arxiv.org/pdf/2506.03094
*102 Tristan Muller et al.、Improved belief propagation is sufficient for real-time decoding of quantum memory、https://arxiv.org/pdf/2506.01779
*103 Craig Gidney et al.、Magic state cultivation: growing T states as cheap as CNOT gates、https://arxiv.org/pdf/2409.17595
*104 Tomohiro Itogawa et al.、Even more efficient magic state distillation by zero-level distillation、https://arxiv.org/pdf/2403.03991
*105 Yutaka Hirano et al.、Leveraging Zero-Level Distillation to Generate High-Fidelity Magic States、https://arxiv.org/pdf/2404.09740
*106 藤井啓祐、量子誤り訂正実証実験及び魔法状態蒸留の最前線(2025年1月30日)、https://www.jst.go.jp/moonshot/sympo/20250130/pdf/ms6_mini2_02_fujii.pdf
*107 Tomohiro Itogawa et al.、Efficient Magic State Distillation by Zero-Level Distillation、https://journals.aps.org/prxquantum/pdf/10.1103/thxx-njr6
(*64 Laura Caune et al.、Demonstrating real-time and low-latency quantum error correction with superconducting qubits、https://arxiv.org/pdf/2410.05202)
*108 JIAHAN CHEN et al.、Improved Belief Propagation Decoding Algorithms for Surface Codes、https://arxiv.org/pdf/2407.11523
*109 Oscar Higgott & Craig Gidney、Sparse Blossom: correcting a million errors per core second with minimum-weight matching、https://arxiv.org/pdf/2303.15933
*110 Yue Wu et al.、Micro Blossom: Accelerated Minimum-Weight Perfect Matching Decoding for Quantum Error Correction、https://arxiv.org/pdf/2502.14787
(*113 Masoud Mohseni et al.、How to Build a Quantum Supercomputer:Scaling from Hundreds to Millions of Qubits、https://arxiv.org/pdf/2411.10406)
*114 Daiki Komoto & Kenta Kasai、Quantum error correction near the coding theoretical bound、https://www.nature.com/articles/s41534-025-01090-1.pdf
*115 https://www.isct.ac.jp/ja/news/ark35ux5wstx
*116 Zunaira Babar et al.、The Road From Classical to Quantum Codes: A Hashing Bound Approaching Design Procedure、https://arxiv.org/pdf/1503.02372

・・・
*A-29 David Aasen et al.、A Topologically Fault-Tolerant Quantum Computer with Four Dimensional Geometric Codes、https://arxiv.org/pdf/2506.15130
*A-30 Quantinuum Overcomes Last Major Hurdle to Deliver Scalable Universal Fault-Tolerant Quantum Computers by 2029、https://www.quantinuum.com/blog/quantinuum-overcomes-last-major-hurdle-to-deliver-scalable-universal-fault-tolerant-quantum-computers-by-2029
*A-31 Shival Dasu et al.、Breaking even with magic: demonstration of a high-fidelity logical non-Clifford gate、https://arxiv.org/pdf/2506.14688
*A-32 Lucas Daguerre et al.、Experimental demonstration of high-fidelity logical magic states from code switching、https://arxiv.org/pdf/2506.14169
*A-33 Cody Jones、Multilevel distillation of magic states for quantum computing、https://arxiv.org/pdf/1210.3388

*Supp-1 D. Main et al.、Distributed quantum computing across an optical network link、https://www.nature.com/articles/s41586-024-08404-x.pdf
*Supp-2 Yuma Nakamura et al.、Hybrid Atom Tweezer Array of Nuclear Spin and Optical Clock Qubits、https://journals.aps.org/prx/abstract/10.1103/PhysRevX.14.041062
*Supp-3 Qoro Quantum and CESGA:Exploring Scalable Quantum Computing with HPC、https://qoroquantum.net/wp-content/uploads/2025/05/May-2025-QORO-and-CESGA-Collaboration.pdf
*Supp-4 Florian Ginzel et al.、Replacement-Type Quantum Gates、https://arxiv.org/pdf/2508.00437
*Supp-5 竹内勇貴、エンタングル状態を測定して作る量子コンピュータ、https://www.jstage.jst.go.jp/article/butsuri/76/10/76_628/_pdf/-char/ja


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