転生悪役令嬢は、呟きを一部移したのですわ
〖量子技術〗(1) 経済史家クリス・ミラー氏の発言「そこに西側が先にたどり着くことが決定的に大事になる」(25年11月17日付け日経朝刊7面)は、含蓄が深い。量子技術に通暁しているわけではないだろうが、流石に、本質を捉える能力が高い。日本の某著名経営者は、どこかで「日本の量子コンピューターは優れている・進んでいる」的な発言をしていたが、ミラー氏発言の含意を正しく理解できている日本人は、どれ位いるだろうか(とアジってみた)。なお『そこ』とは『量子優位性を達成した実用的な量子アプリケーションの開発』と同義である。そして、その開発が極めて難しいことは、11月14日にグーグルがarXivにて公開したポジションペーパーThe Grand Challenge of Quantum Applicationsでも示されている。言わずもがな、グーグルが10月22日にnatureで公開したOTOC(非時間順序相関関数)シミュレーションも、量子優位性を達成した実用的な量子アプリケーションではない(ことはグーグル自身も認めている)。
(2) 量子技術が経済に与えるインパクトを信じていない人も沢山いる。著名人では、マーク・ザッカーバーグ(メタ)が代表であろう。日本で、「AIにオールイン」と言っている経営者は良いとして、それを囃している取り巻きは、それが量子技術を無視していることを理解しているのだろうか。
(3) 経済インパクトいう意味では、半導体自体が凄いのではなく、ムーア則に従って指数関数的に微細化が進んだ半導体がもたらす圧倒的な計算パワーが、凄い。圧倒的な計算パワーによって、将来予測の精度が上がり🐾1、マルチモーダル・ビッグデータを経由して複雑な事象に通底するインサイトを得ることが可能となった。2020年代はGPUでCPUをブーストすることで何とかカバーしているものの、従来則による計算パワーの増加に天井が意識されてきたため、量子技術が注目されるに至った。つまり、計算パワーを引き続き指数関数的に増加させたいという願いが、量子コンピューティングを希求する。このため、研究者からはお叱りを受けるだろうが、需用側は、量子コンピューター=「新しいムーア則に従う半導体で作る計算機」くらいに捉えた方が、大局を見誤らない。言葉を替えれば、AI時代にAI用の半導体が必要なように、量子時代には量子用の”半導体”が必要という理解で良い(科学的には全くの曲解であるが、概念的にはそれで良い)。AI半導体で劣後すれば、経済力・防衛力・その他諸々国力で劣後するという認識は、広く共有されるに至った。量子"半導体"も、そのアナロジーで考えれば良いだろう。
🐾1 将来予測の欲求は、古来から変わらない。昔は、易経や占星術で、将来を予測した気になっていた。
(4) シンギュラリティ予想で有名となったレイ・カーツワイルは、生粋の計算パワー信者である。計算パワーが引き続き指数的に増加すれば、将来のある時点で「人は死ななくなる」とまで宣っている。それは、寿命を伸ばす技術が生物的劣化(老化)速度を上回る時点が、いずれ訪れるという論理的帰結(あるいは神託)である。米国では、その神託を信じる人が、相当数いるようである。
〖AI〗
(1) 「AI(LLM)は、一度のズルで、一気にワルになる」ことを米アンソロピックが発見した。知性がない(とされ、心もないとされる)AIにこのような現象が発生することは、大変興味深い。人間社会において、性悪説ではなく性弱説をベースに、各種社会制度を設計することは理に適っているのかもしれない。
(2) 何度目かのAI冬の時代であった80~90年代も2020年代も、目指すAIの姿は不変である:AI=人と同じ知性や常識を実装した計算機械である。人と同じ(人に近づける)という意味では、機械に"常識"を教え込むことは、本質的に重要なステップである。フィジカルAIを想定した場合、常識は必須であろう。ここでいう常識とは、楽曲「おどるポンポコリン」で「♪そんなの常識~」と歌われている歌詞にある常識の意味である。つまり、(社会)人にとっては既知の共通認識と言う意味である。数学世界の言葉では、公理(公理系)ということになるだろう。当時(80~90年代)、機械に常識を習得させるには、少なくとも数百万個🐾4に及びルールを学習させることが必要であろうと推測されていた。しかし、常識を習得するために必要にして十分なルールの全容を誰も知らない。合理的な帰結として、機械に常識を習得させるのは無理だ=人と同じ知性や常識を実装した機械の開発は無理だ、と成り、多くの研究者は開発を諦めた。
という訳で、暫くの間、AI開発は行き詰っていた。そんな閉塞感真っ只中の2012年、AlexNetが衝撃のデビューを飾った。ルール・ベースではない、大量データさえあればオッケーな深層学習モデルが、特定タスクに衝撃的な性能を叩き出したのであった。そのインパクトは、人と同じ知性や常識を実装した機械の開発も、大量のデータさえあれば可能になるのではないかと期待させるのに十分であった。スケーリング則のくだりもあり、期待は高まったものの結局、深層学習モデルも「人と同じ知性や常識を実装した機械」の開発には、貢献できなかった(という結論で良いだろう)。つまり残念ながら、「ルール・ベースはヲワタ。データが全て」というわけには、いかなかった。ルール・ベースの学習なしでは、常識は習得できない、と考えられている。
そういう認識の下、ニューロ・シンボリックAI(ニューラル・シンボリックAIとも言う)が注目されるに至った。ニューロ・シンボリックAIとは、字面から自明であるが、ルール・ベースの学習=シンボリックAIと、データ・ベースの学習=人工ニューラルネットワークによるAIとの、ハイブリッドAIである。ニューロ・シンボリックAIの開発を機能させるポイントは、必要にして十分なルールの生成である。難しいチャレンジとなるが、生成に用いる手法として、例えば、生成強化学習が考えられるだろう。最新版の生成AIモデルは、ユーザーの意図を汲み取る精度が向上していると評判であるが、開発の裏側では、そのようなパラダイム・シフトが起きている、と推測している。
もっとも、ヤン・ルカンは、ニューロ・シンボリックAIでは不十分である、と考えているようである。
🐾4 どうやって、数百万個と推測したかは、寡聞にして知らない。
(3) 階層的推論モデル(Hierarchical Reasoning Model:HRM)に着想を得た、極少再帰モデル(Tiny Recursive Model:TRM)。HRMは、シンガポールのAI企業が開発。TRM(コードはギットハブで公開)を提示した論文の著者は、加サムスンAIラボの研究者(単著)。TRMのパラメータ数は700万(極少!)。TRMは当面役に立たないが、次のブレークスルーに繋がる可能性がある。
〖アニメ・マンガ〗
(1) 小説は、作家の妄想を読者の脳内にマッピングすることでエンタメとして成立する。一般的にエンタメとしての豊潤さを確保するには、ヒト(キャラ)に頼るというアプローチあるいは、空間的広がり・空間的移動に頼るというアプローチがある。小説でそれらのアプローチを採用することは、結構難しい。なぜなら、読者の脳内メモリを相当喰らうからであり、多くの読者は疲れて楽しめなくなってしまう(一部信者のみ残っても商業的には失敗)。そこで多くの小説は、時間軸でエンタメとしての豊潤さを確保する。曰く、主人公の数奇な人生の回想とか、一族の歴史を振り返るとか、数十年に及ぶ葛藤とか、出会いと別れそして再会物語とか。しかし、それを映像化すると、今度はつまらなくなる。時間軸だけで妄想完結できるストーリー展開では(本質的にビジュで魅せる映像化作品としては、)ビジュ的に物足りない、ということになってしまうことが多い。つまり小説原作の映像化は、根本的・論理的に成功させることが難しい。もっとも、強い感情はビジュ不足を補える。一番強い感情は憤怒であるが、怒りの感情は、一般的に長続きしない。(怒りが主題である小説の映像化は)2時間弱の映画であれば機能するだろうが、1クール(3か月弱)のドラマではキツイ。そこでドラマでは通常、長続きする強い感情で、ビジュ不足を補う戦略をとる(べきである)。長続きする強い感情で最もポピュラーなものは、男女の恋愛感情and/or家族愛であろう。しかし、1クール(3か月弱)にわたる時間軸移動と合わせるとなると、"長続きする強い感情"を余程上手く埋め込まないと、飽きる若しくは白ける。日本のTVドラマ・プロデューサーは、そういったところを本当に理解しているのだろうか。
(2) 日本のアニメ(実質的には、映像化したマンガ)が世界的にヒットしている理由は、作品(つまりマンガ)に強烈な世界観が存在するからである。従って仮に、実写映画を海外で成功させようとするなら、作品の世界観を磨く必要がある。もちろん、種はローカルで、エンタメ・エンジンは共通という枠組みになる。例えば、こんな感じ:千数百年にわたり、日本の最高権力者を守護してきた何者か(忍者でもよいが、忍者の始祖的な存在が良い。もちろん、人智を超えるほど強い)は太平洋戦争後、日本国による一定の自治と引き換えに、100年間という期限付きで米国にレンタルされていた。彼らは、世界警察としての米国軍事力を陰で支える駒となり、日本の国益も護っていた。100年後にあたる2045年は折しも、AIが人智を超えると予想された年だった・・・、的な。
〖事業戦略〗
(1) インテル
インテルの苦境は、マーケティングの専門家ポール・オッテリーニをCEOに選んだ2005年から始まったと考えている。つまり、20年前。破壊的な技術革新が外部から襲ってくるという心配はないと慢心し、マーケティングの専門家をCEOに推した取締役会が元凶。PC→スマホ(省電力|英アーム)、CPU→GPU(計算バウンドからメモリ・バウンド|米NVIDIA)。これほど大きな技術革新の波を被れば、どんなに大きな船でも転覆する。20年の空白を埋めるのは、相当難しい。(技術が分からない出井氏をCEOにした)ソニーは"業種を替える"ことで、同じような状況から脱出した。
インテルは、AIチップ開発スタートアップである米SambaNovaの買収を検討中、と報道されている。SambaNovaは資金調達に苦戦し、売却の可能性を模索していたらしい(故に、SambaNovaのテクノロジーはイマイチかもしれない)。インテルは2019年、同業のHabana Labs(イスラエル)を、US$2bilで買収して"失敗している"。同業の(技術的にイマイチと目されていた)英Graphcoreは、24年7月、ソフトバンクにより買収された(買収金額非開示、推定US$400mil)。同業で残る大物は、ほぼほぼ、米セレブラスのみと思われた(がEuclydが突然、現れた⤵)。セレブラスは24年9月にIPO申請したが、25年10月に撤回した。事業価値は、およそUS$8bilと言われている。
蘭Euclydというスタートアップが、25年9月にステルスモードから脱した。「超広帯域」メモリをカスタムで開発しており、(NVIDIAやセレブラスの)既存品よりも、低消費電力かつ学習が高速である、と主張している。メモリboundのトランスフォーマーを意識しているが、拡散モデル等の他モデルにも対応可能とする。
(2) パナソニック
パナソニックHDの事業戦略は、それ自体全く問題ないと思われる(競争戦略には、やや難あり)。にも関わらず結果が出ていないのは、オペレーションに問題があると考えるのが妥当。そして、その原因は組織及び人事にあると考えるのが妥当。なお、M&A戦略は酷い(PMIの問題ではない)。投資戦略も、お粗末。それらも人(or文化)の問題が大きいと推量される。こういう場合の常とう手段は、組織を細かく刻むことである。そうすることで有為の人材が現れ、活躍する。
M&Aで言うと、市場の見方は、買収完了後の事業年度で収益貢献することが当然期待される。それは、M&Aが「(極めて)規模が大きい投資」案件であること及び「失敗する可能性が通常の設備投資等と比べて、格段に大きい」ことを反映している。実際にはM&Aで時間は買えないが、一般的には(残念ながら)そう認識されていることもあり、M&Aからの利益貢献に時間及び他の経営リソースを追加で投入することは、(特に市場関係者から)嫌がられる。もちろん、時間及び他の経営リソース追加投入(例えば、他のM&Aなど)が戦略的に必要なケースもある。その場合は、ロードマップを提示し、少なくとも半期毎の市場との丁寧なコミュニケーションが必須となるであろう。
一時期、模倣戦略なる事業戦略が持て囃された。松下電器産業(現パナソニックHD)はマネシタ電器の異名をとるほど、模倣戦略を採用していた。一方、「真似するより真似されよう」という創業者の思想を継承しているソニーは、迷走時期はあったものの、見事に復活した。製造業最大の復活を遂げた日立製作所も、模倣とは真逆な事業戦略を採用した(採用できた)。そもそも、パナソニックには地力がなかった、と言われれば、それはそうかもしれない。
(3) 東芝
東芝は、小さな組織に分割することが望ましい。現実は、逆方向に進んでいる(ように思える)が、問題の根本原因が人・組織・文化にあると考えられるので、大きなままでは(数年後~十数年後に)同じ過ちを繰り返す可能性が高い。グローバルで勝負出来るアセットがあるかというと、それも厳しい。ツインフィールドQKD(デコイBB84)で年1,000億円稼ぐという目論見など、無謀でしかない。MRAMは、宇宙用途を開拓できれば良いだろうが、米中は採用しないだろう。EU、インドは可能かもしれない。(東芝は当然)ReRAMも研究開発しているから、むしろCiM方面で稼ぐ方法を考えた方が良いのではないだろうか。東芝に限らず日本の大企業(≒JTC)における経営企画セクションは、驚く程ステレオタイプな発想しかしないから、難しいだろうが。
AIで稼ぐ絵姿は見えない(NECは勝ち筋が見えてきた→東芝は、同じ方向を目指していたように思うが、劣後していると思われる。なお、NECにはcotomiという日本語LLMがある)。勝負する領域を、ピン・ピンポイント位に絞り込まないと、儲けの方程式は見つけられないように思える。残るのは、エネルギー分野・電力分野であるが、(かつては、東電の正妻と称されたものの)誇れるほどのアセットは見当たらない。→AIデータセンター関連の電力特需で、”一時的に”潤うかもしれないが、競争優位の持続性がないだろう。
〖新規事業開発〗
(1) 住友商事
総合商社の新事業開発で言うと、住友商事が一番下手だと思っている(モノタロウを産んでいるモノノ)。住商の市場評価が低い理由の一つは、事業開発能力の低さだろう。センスや目利きに加え、ラスト・ワンピースの選択も悪い(甘い)。頑なに、日本企業を投資対象とするCVCを設立しなかった(本体の新事業投資部がベンチャー投資を行っていた)が、22年に住商ベンチャー・パートナーズを立ち上げた。
QXというコンセプトが悪いとは必ずしも思わないが(ただし既に、旗は降ろしているようだが)、空飛ぶ車は悪手。センスがない。時間軸とか市場規模の想定もあるが、そもそも量子技術との相性が悪い。エッジを立たせたいなら、せめてメディカル(バーチャル臨床試験周り)であろう。良手を選ぶのであれば、製造業向けデジタル・ツイン一択ではないか。ビジネスとして量子コンピューターを捉えた場合、あくまで、特定用途向けの計算支援装置と認識すべきで、ピタッとハマるユースケースの特定が肝である。
商社が新規開拓する価値がある領域として、ロングリストで上げると、ロボット・フィジカルAI、航空宇宙、防衛(特に、海まわり)、核融合、超伝導、モビリティ、再エネ・電池、といったところだろうか。住商は農業×AIで、勝ち筋を作れるように思うが、どうだろうか。
(2) マツダ
マツダ"初"の新規事業は「塗膜耐食性評価サービス」。裏ットフォーム技術を転用し、サービスとしてデプロイしているところが良い ━ 新規事業開発が下手な企業(例えば、リコーやコニカミノルタ)は、そういうことができない(そもそも裏ットフォームがない?)。今後マツダは、完成品ビジネス(モビリティあるいはロボティクス)を、対象とするのか・しないのか。もっと踏み込んで言うと、デュアルユースの領域は、どう考えるのか。
〖スタートアップ〗
(1) Akido Labsという米国のスタートアップは、AIで前捌きするクリニックを(米国で)営んでいるらしい。AIが、患者と医療アシスタントとの会話から、診断→治療計画の立案を行う。その評価は、医師が行う。この仕組みにより、医師が診察できる患者数が増えることが、ポイントらしい。日本でも医師が少ない地域などでの医療現場に、導入する価値は大きいと思われる。また、(へき地に限定せず)独居老人などとAIアバターが毎日行う会話をAIが解析することで、早期治療を通じて、医療費の削減が可能と思われる。話し相手がいるだけでも、精神衛生は向上するだろう。日本でも、早急に始めた方が良いと思う。医師が反対する理由はないと思うのだが・・・。実現するためのピース候補としては、ユビー(https://ubie.life/)のサービス(https://ubie.app/)及び、大阪大学の研究成果があげられるだろう。
阪大の成果とは、タスク=「音声対話システムが、ユーザとの対話を通じて効率的に新しい知識を獲得する」ための仕組み、の開発。通常の音声対話システムは、学習データにない未知語=「ニックネームあるいは、隠語や新言」等が現れると、正しく理解して応答することができない。そこでタスクを、ストリーム型能動学習として定式化。さらに、未知語について対話システムがユーザへ質問するかどうかを強化学習によって最適化することで、少ない回数の質問でも効率的に学習する枠組みを開発した。論文は、https://aclanthology.org/2025.sigdial-1.34.pdf
(2) 英スタートアップVaireが、CMOSチップで、断熱可逆計算システムを実証したらしい。
(3) スタートアップの競争戦略からオペレーショナル・エクセレンスを排除するわけではないが、それを主軸とするのは如何なものか、と思う。そうやって、数自体を増やし・成功確率を高めることで、坂の上の雲を目指せるだろうか。某DeNA系勢力が、そうしないことを祈念。また、某Recruit系勢力が、スタートアップ育成の文脈で、勢いをなくしたことは福音。
(4) 米メッツェラ
(肥満症治療薬の自社開発で躓いた)米ファイザーと(米イーライリリーにブチ抜かれた)デンマークのノボ・ノルディスクによる”ガチンコ争奪戦”で一躍注目を集めた、NASDAQ上場企業の米メッツェラ(CVR付きで買収、25年11月7日)。しかし本当に注目すべき点は、ロジック積み上げで、設立された(ベンチャー・クリエイション)という点であろう。そして、スピード感。22年設立、24年シリーズA,B合わせて、およそUS$0.5bil調達。25年2月IPO、11月にUS$10bil(最大)で買収された。世界のハイテク・スタートアップ市場でバイオ系は、完全にこの流れが主流になりつつある。標語的に言えば、「隠れたシーズを見つけだし、ポテンシャルを全開放する」という感じ。日本でこれを完コピするには、何と言っても目利きが不可欠である。
あらゆる分野で日本に、目利きは、ほぼ皆無である。なぜなら、リスクを取ってこなかったから。「そんなこと言って、責任とれんの?」呪文に長期間晒されたビジネス・パーソンには、キツいスキルである。20年代央のビジネス・パーソンの孫世代であれば、その呪縛から逃れられるかもしれない。呪縛脱出速度を加速させるには、中間管理職を減らせば良い。組織をフラットにして、転職を奨励して、アルムナイを「より充実させる」という取り組みを続ければ良いだろう。
〖M&A〗
(2) TOB
多くの人が誤解しているが、米国にTOB制度はない。ここで言う「ない」とは、米国証券法にTOB(正確には、テンダーオファー🐾5)の定義がないということよりも、そもそもTOBの発想が「ない」。ここで言うTOBの発想とは、経営権獲得に際して、株主を平等に扱って、市場価格を上回る金額を全ての株主に支払うべき、という考えを指す。では、なぜ、プレミアムを付けた価格を提示(つまりテンダーオファー)するかというと、そうすることでディールがより早くクローズすることが期待できるからである。元々、多種多様な意味で捩れていた日本の公開買い付け制度は随分と整備されたが、「買い付け価格の公正性」に正面から向き合わなかったため、アクティビストに穴を突かれている。
🐾5 Tender Offer。株主に優しい価格を提示する、という意味。米国では、TOB(TakeOver Bid)という言葉も(使われ)ない。
【1】80年代の名コピー「開いてて良かった」が懐かしいセブン・イレブンの扉は、閉ざされた
海外(米国)のセブン・イレブン店舗の業績を向上させるタスクを考えたとき、セブン&アイHD単独で施策実行するのと、ACTの力を借りて実行するのとで、どちらに軍配が上がるか。セブン&アイHDの社外取締役会は、そういう観点で、ACTからのオファーを吟味しなければ、M&A指針(23年8月)に沿って判断したとは言えないだろう。国内店舗をセブン&アイHD単独で実行することについては、ACTとの間で議論はないだろう(あっても、それは押し返せるはず)。
(仮に、同じ施策を実行するとしても・・・)どちらが速く、営業フリーキャッシュフローを増やせそうか。どちらが、確実に施策を実行できそうか。スピードと精度の2軸で評価して(どんな分野でもすべからず、プロと素人の差は、スピードと精度であろう)、最終的には、DCFを使って事業価値評価に落とし込む。本来あるべきステップを踏んで、M&Aの是非を判断するのが、M&A指針の目指すところであろう。
❚ 競争戦略 ❚
セブン・イレブン(ジャパン)が自ら、米国店舗をターンアラウンド🐾1するのであれば、日本スタイルにオペレーションを変更することになるのだろう。セブン・イレブン(ジャパン)の競争戦略は、ドミナント出店を基軸とした、スケールメリットの追及および顧客の囲い込みにあると思われる。米国で、同じ戦略による勝ち筋を成立させるには、「ロジスティクス整備、製造パートナーの確保、オペレーションのスムーズな変更、オペ変更を担当する十分な数の教育係、当然バックボーンとしてのITシステム」が要求される。それは、現時点で可能であろうか。
そもそも論として、セブン・イレブン(ジャパン)が描く絵姿が、米国で受け入れられるとする根拠は何か。それによって、時間軸が決まる。トランプ再選決定によるリスクも、織り込まなければならなくなった。
🐾1 やや言葉が強いが、ここではunder-performerからout-performerへ引き上げるという意味合い。under-performerからaverage-performerへ引き上げる施策に、バリエーションは必要ない。企業の価値が既に棄損していない限り、under-performの原因は、ほぼほぼ「解決策は単純」だけど、「着手が困難」なコトに限定される。つまり、強いリーダーシップがあれば(リーダーが腹を括れば)解決できることが、ほとんどである。ただし、ここでの解決とは、average-performまでを指している。out-performするには、別の打ち手が必要になる。
❚ リーダーシップ論 ❚
1⃣ 一般的な意味合いにおいて、オペレーションを変えるには、リーダーシップを要する。日銭商売の小売業において、オペレーションを変えるのは、製造業などより難しいだろう。業績が中途半端に落ちているときは、殊更難しいだろう(壊滅的に落ちていれば、楽になる)。中途半端に業績不振な状況でオペレーションを変更すると、現場が混乱して、さらに業績が悪化するということは良くある話である。余程、信頼と実績のあるカリスマでなければ難しいのではないか。日本人が、「米国のオペレーションはダメだから日本流に変えます」といって、現地従業員は納得するか。逆を考えれば、難しいことは想像に難くない。
2⃣ セブン&アイHDの井阪隆一社長は退任し、社外取締役スティーブン・ヘイズ・デイカス氏が後任となる人事を決めたと発表した(25年3月6日)。100%防衛策。
3⃣ 事業会社セブン・イレブン・ジャパンは、阿久津知洋執行役員が社長に就任する人事を発表(25年4月17日)。FCオーナーと協働できそうな人を選ぶのは正しい選択であるが、そもそも決断が遅い。
❚ M&A交渉戦術 ❚
1⃣ 「企業価値(正しくは事業価値であるが、日本では企業価値が正式用語になった)を著しく過小評価している」は、M&A交渉における常とう句である。ただし、それは、「価格次第では、ディールは実行される」という了解の上に立っている。そう言っておいて、結局、曖昧な理由で「絶対No」を主張するのであれば、明らかなルール違反である(こと位は、日本の弁護士にも理解されているはず☛SUITS)。
ちなみに、「競争法(日本では独禁法)上の懸念🐾2」は、古典的な買収防衛策である。米国では、ポイズンピルが登場するまで、主要兵器であった。セブン&アイが競争法上の懸念を憂慮しているのであれば、リバース・ブレークアップ・フィーを”5%”で交渉してはどうか🐾3。7兆円×5%なら3,500億円である。24年2月期の営業利益5,342億円と比べても、小さな金額ではない。
🐾2 広く知られているように、市場支配力が高い(強い)だけでは、競争法違反にはならない(新ブランダイス派は、必ずしも、そうは考えないようであるが・・・)。高い市場支配力を基に、消費者が不利益を被る場合に初めて、競争法違反が成立する。セブン・イレブンとACTが一緒になると米国民は、どういう不利益を被るのか? 一部店舗の分離・売却で十分対応可能ではないだろか(👉セブンHDは2,000店舗程度の売却が必要と主張ー過大と思うが、2,000だから何?という感じ)。ディール・ブレイカーになるとは思えない。|為念| 「市場支配力の形容詞は、強いか高いか」問題については、例えば、嶺田明美、形容詞「高い」の使用実態について(3)ー「X力」の程度を表す用法ー、学苑日本文学紀要 No.915(1)~(11)(2017・1)
🐾3 セブン&アイHDの社外取締役会は、そう提言しても良いだろう。あるいは、ACTが逆提案して、ディールを前に進めるという手もある。リバース・ブレークアップ・フィーと引き換えに、セブン&アイにディールの障害リストを提出させる。もちろん、期限を付けて(期限を破ったら、違約金を払わせる)。真摯で真剣な交渉とは、そういうものだろう。
2⃣ 通常のM&Aであれば買収対価(consideration)の構成、バイアウトであれば負債比率は、M&A交渉における戦略的ツールとなりうる。本ディールにおいても、いくつかの使い方があると考えている。プライシング・グリッドまで、評価対象となれば、まさに画期的。
👉 (結局とん挫した)ヨーカ堂創業家のバイアウト案では、負債比率50%だったらしい。キャッシュが安定している(反面、成長率低い)と目される産業セクターのバイアウトにおいて負債比率50%では、エクイティ投資家の旨味は薄過ぎる。なお、マスコミは相変わらず誤解しているが、この規模(7~8兆円)のディールで、PEファンドが相乗りすることは稀ではない(クラブ・ディール)。
❚ 感想 ❚
1⃣ マスコミはなぜ、MBOは好意的な論調で記事を書いて、外資による買収は非好意的な記事を書くのか、不思議である🐾4。近時におけるMBOの理論的バックボーンは、ベストオーナー理論である。今回のディールにあてはめてみると、どうなるだろうか。
👉 24年11月14日の報道によれば、イトーヨーカ堂創業家(伊藤家)が、非公開化を提案した。➡資金調達の目途が立たず、25年2月末、提案を断念した。
🐾4 ただし、「マスコミは、企業経営者の立場で報道する」と仮定すれば、不思議ではなくなる。
2⃣ マスコミ報道は、「価格交渉のテーブルに乗ってしまった」というトンチンカンな論調が目立つ。M&A指針は、「根拠を示さない、"なんかヤダ"的な」拒絶を許さない、と解釈できる。そのためには、価格交渉のテーブルに「まず」乗る必要がある。価格という定量的な指標を共有した上で、ステークホルダーの幸福・事業の将来・問題点・障害・シナジー・ディスシナジー等を話し合う。そういうM&Aの当たり前を、経営判断の当たり前にする、M&A指針へのマスコミの理解が足りないことは、残念なことである。
❚ RUBストーリーは突然に ❚
ACTは、25年7月16日(日本時間17日)に買収提案を撤回すると発表した(と日本で報道@18日付け)。ACTは、撤回した理由を、「セブンによる建設的な協議が欠如していたため」と説明。その通りであろう。株価は、10%安まで下落した(終値は9%安)。セブン&アイHDの今回のような対応で買収提案が壊れることが判明したので、M&A指針を改定すべきであろう。具体的には、次のように強制すべきであろう。
㊀買収企業が被買収企業と同業もしくは、同業企業を買収した経験があって、㊁買収企業に買収資金の調達見込みがあり(銀行からのコミットメントレターがあり)、㊂買収企業が、法的拘束のある買収提案を行った場合、被買収企業のM&A特別委員会は、その検討内容を適時開示する。