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ストップオプション等インセンティブ・プランの発展経緯

 平成30年12月21日に平成31年度税制改正大綱が、閣議決定された。その中に、税制適格税制オプションの付与対象者を拡大する施策が含まれている。もちろん、闇雲に対象者を拡大するわけではない。中小企業等経営強化法に規定する認定新規中小企業者等(仮称)が、同法の認定を受けた同法に規定する新事業分野開拓計画(仮称)に従って活用する取締役及び使用人等以外の者を付与対象者として加える、という内容である。
 現在は、ストックオプション以外にも、数多くのインセンティブ・プランが存在するが、株価が大きくジャンプすることが期待できるベンチャーにとって、ストックオプションは、付与対象者に大きな経済的利益をもたらすプランであることは間違いない。その一方で、上場後は、必ずしもストックオプションにこだわる必要はないであろう。
 まずは、ストックオプションの歴史(発展経緯)を法務、会計、税務に分けて見て行く。その後で、インセンティブ・プランを俯瞰する。最後に、メルカリが導入したことで有名になった特定譲渡制限付株式ユニットについて触れる。
(本稿作成は、2019年)

Ⅰ ストックオプションの発展経緯
(1) 法務上の発展経緯
 米国では1960年代から、ストックオプションが使用されていたが、日本は法的な整備がなされていなかった。日本で最初にストックオプションを発行したのはソニーである。ただし、ワラント債を利用した疑似的ストックオプションであり、1996年のことである。1996年は、DCF法という言葉が、最初に日経新聞紙上に現れた年である。
 さすがに疑似的は如何なものかということで、翌97年に商法(当時)が改正され、ストックオプションに関する規定が初めて設けられた。ただし、以下のような制約事項があった。
 制約事項その壱:付与対象者が自社の取締役及び使用人に限られており、子会社等の役職員等を付与対象者にすることができない。
 制約事項その弐:付与株式総数が発行済株式総数の10%以内に制限される。
 制約事項その参:譲渡可能な有価証券としてストックオプションを発行することができない。
 先回りをしてしまうと、制約事項その壱:「子会社等の役職員等を付与対象者にすることができない」、は1998年に改善されている。租税特別措置法29条の2の規定、いわゆる税制適格条件において、付与対象者は「子会社の取締役・使用人または執行役である個人」に拡大されている。監査役は含まれない。20年後、今回の税制改正大綱で、この拡大路線がやっと外部にまで届いたという見方ができる。
 閑話休題。2001年の改正商法で、新株予約権の規定が創設された。しかし、この時点では、ストックオプションとしての新株予約権は、職務執行の対価として発行されるものではなく、何ら対価もなく無償で付与されるものと整理されていた。このため、有利発行と捉えられ、株主総会特別決議が必要と整理されていた。一方、取締役の報酬としての株主総会決議は不要と解されていた。
 2005年に会社法が制定され、ストックオプションは「役職員の職務執行の対価」と整理された。ストックオプションを無償で発行したとしても、将来の職務執行の対価として相当である限り、基本的に有利発行とならないと整理され、公開会社においては取締役会決議のみで発行することが可能となった。一方、取締役の報酬としての株主総会決議は必要になった。

(2)会計・税務上の発展経緯
 ストックオプションに係る税法はシンプルで、2つしかない。所得税法施行令84条と租税特別措置法29条の2の2つである。
 所得税法施行令84条に基づく課税は、1997年に規定された。その内容は、①ストックオプション付与時点(発行時点)での課税はなし、②ストックオプションの権利行使時に課税する、というものである。
 翌年の1998年に税制適格条件(租税特別措置法29条の2)が規定された。同条件を満たせば、課税繰延が可能になる。正確に言うと、②ストックオプションの権利行使時には、所得税を課さない。さらに、権利行使により取得した株式を譲渡した際に得られた譲渡所得は、分離課税される。譲渡所得への課税は金融所得課税となり税率が約20%である。この税率は、累進課税である給与所得課税の税率(最高税率45%)に比べると、半分以下となっている。
 なお、同条件を満たすストックオプションを「税制適格ストックオプション」と呼ぶ。
 ストックオプションに係る会計規則もシンプルで、基本的に2つしかない。
 元々、費用計上されないことが、ストックオプションの会計上のメリットであったが、2006年に、企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」(いわゆる、ストックオプション会計基準)が適用されたことにより、税制適格ストックオプションを発行する場合に、費用計上が必要となった。
 そこで、同じ2006年に業績条件付き新株予約権(有償ストックオプション)が登場した。このストックオプションは、業績条件を達成した場合にのみ、権利行使が可能となるように設計されている。そうすることで、有償部分(払込部分)を超える金額を圧縮することが可能となる。有償部分(払込部分)を超える金額は、役員報酬として費用計上する必要はないため、費用計上する金額を低くすることが可能となる。
 しかし2018年に、実務対応報告第36号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い」が適用されたことにより、費用計上が必要になった。会計処理が変更され、有償部分(払込部分)を超える金額は役員報酬として、費用計上しなければならなくなった(会計上の利益は減少)。

(3)インセンティブ上の発展経緯
 1998年に制定された税制適格ストックオプションは、インセンティブとして、次のような弱点がある。
(a)「権利行使者の権利行使価額の年間合計額が1,200万円を超えない」ことが、税制適格条件の権利行使条件として、定められている。1,200万円/年という金額は、インセンティブとしては弱い。なお、この条件は、今後緩和される可能性が高いと見込まれている。→令和5年5月、突然、信託型ストックオプションの課税ルールが変更されたことで、その可能性が高まった?
(b)税制適格ストックオプションは、税制適格要件を満たすために無償で付与される。オプション保有者にとっては、株価が下がっても気にならず、会社業績に貢献させるインセンティブ機能が弱い。

 次に、2006年に導入された業績条件付き新株予約権(有償ストックオプション)であるが、税制適格オプションの弱点(a)はそもそも存在しない。弱点(b)に関しては、「営業利益や株価が業績目標値に到達しなければ、ストックオプションを行使できない。このため、オプション保有者は行使条件を満たさなければ、キャピタルゲインを得られないのみならず、払込金額が損失となる。」ため、解消されている。ただし、弱点はまだ存在する。
(c)オプションを割り当てた後に入社した役職員等に、同条件で有償ストックオプションを付与できない。
(d)新たに有償ストックオプションを割り当てた時点で、株価が上がっていると権利行使価額に差ができてしまい、不平等感が生じる。
(e)他者の努力により報われることもあるため、会社業績に貢献させるインセンティブ機能が弱い。

 (c)~(e)を解消するために導入されたのが、信託を利用した有償ストックオプションである。例え話をするならば、有償ストックオプションは、パイ全体の大きさは決まっておらず、後から大きくする設計になっている。切り分けた各ピースの大きさを変えないから、パイ全体が、後から大きくなる、といった方が分かりやすいかも知れない。さらに、場所によって味が変わる(不味くなる)というパイである。
 一方、信託を利用した有償ストックオプションは、パイの大きさが決まっている。全体の大きさが決まっているから、最後に分配するまで、各ピースの大きさは決まらない。頑張りによって、各ピースの大きさが変わってくるから、付与対象者(役職員)は最後まで頑張ることが期待できる。さらに、場所によって、パイの味は変わらない。→令和5年5月、国税庁は、信託型ストックオプションは給与所得であるとの見解を示した。このため、税率が(譲渡所得に対する)従前の20%から、最大55%となった。今後は、他のプランへ移行すると目されている。

Ⅱ 俯瞰図
 次に、ストックオプション以外のインセンティブプランを俯瞰・概観して見よう。
(1) 株式を付与&信託を利用する
a)株式給付型ESOP(Employee Stock Purchase Plan)
 ・業績条件等の達成度合いに応じて自社株を退職時もしくは、在職中に付与する。
 ・株式は市場で取得する。
b)株式交付信託
 ・報酬相当額を信託に拠出し、信託が当該資金を原資に市場等から株式を取得した上で、一定期間経過後に役員に株式を交付する。

(2) 株式を付与&信託を利用しない
a)特定譲渡制限付株式(リストリクテッドストック、RS)
 ・日本では出資の目的を労務とすることは認められないと解されている(会社法199条1項3号)
 ・したがって、現物株をインセンティブ・プランに用いることができない。
 ・その不自由を解消するスキームが特定譲渡制限付株式である。
 ・金銭報酬債権の払込みにより、一定期間譲渡制限を付した株式を発行する。

b)特定譲渡制限付株式ユニット(RSU)
 ・下記、Ⅲ まとめを参照。

c)パフォーマンスシェア
 ・中長期の業績目標の達成度合いに応じて、(譲渡制限付き)株式を役員に交付する。
 ・交付されるタイミングは、目標の「策定」時点。

d) パフォーマンスシェア・ユニット
 ・中長期の業績目標の達成度合いに応じて、(譲渡制限付き)株式を役員に交付する。
 ・交付されるタイミングは、目標の「達成」時点。

(3) 新株予約権を付与&信託を利用する
a)信託を利用した有償ストックオプション
b)新株予約権給付型ESOP
 ・業績条件等の達成度合いに応じて新株予約権を退職時もしくは、在職中に付与する。

(4) 新株予約権を付与&信託を利用しない
a)税制適格ストックオプション
b)有償ストックオプション

(5) 現金を付与&信託を利用する
a)現金給付型ESOP
 ・業績条件等の達成度合いに応じて現金を退職時もしくは、在職中に付与する。
 ・株式を市場で売買して、現金を給付する。

(6) 現金を付与&信託を利用しない
a)ファントムストック
 ・仮想的に株式を付与し、一定期間経過後に株価相当の現金を交付する。
b) SAR(Stock Appreciation Right)
 ・カルロス・ゴーン氏に対するインセンティブ・プランとして用いられていたため、有名になった。
 ・権利付与時と権利行使時の株価の差額を現金若しくは株式で支給する。
c) パフォーマンスキャッシュ
 ・中長期の業績目標の達成度合いに応じて、現金を役員に交付する。

Ⅲ まとめ
 ストックオプションは、行使価格が株価以下でなければ、経済的メリットが得られない。この状態をアンダーウォーターと呼ぶ。上場企業では、アンダーウォーターが起こりうるので、ストックオプションは、必ずしも、第一選択肢とはならない。今、注目されているのは、特定譲渡制限付株式RSである。
 なお、日本発ユニコーンの”一角”であるメルカリが導入したことで、有名になった特定譲渡制限付株式ユニットRSUはRSとは異なる。RSは、譲渡制限がついた株式が交付されるタイミングが、「今」である。譲渡制限が解消された時点で、給与所得となる。一方、RSUは、株式が交付されるタイミングが将来である。一定の待機期間を経て株式が交付される。交付された時点で給与所得となる。
 何が違うかというと、RSは、あくまで「今」株式が交付されるので、議決権及び配当が、「今」から発生する。RSUでは、議決権及び配当は、一定の待機期間を経た将来に発生する。
 RSは、将来の役員報酬債権を事前に確定して、その債権を現物出資した対価として株式が交付されるので、議決権も配当も「今」確定することになる。社員にRSを付与というのは、間尺に合わないということになるだろう。

  
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