consolidationは地銀を救えるか?
20年前、「日本のデパートのビジネス・モデルは素晴らしい。オーバーストアが解消されれば、百貨店は必ず復活する。」と主張する
アナリストがいた。しばらくして、オーバーストアを解消する(ための体力を獲得する)為にconsolidationが起きた。
consolidationは奇手でも妙手でもなく「普通の打ち手」であって、アンダーパフォーマをアベレージパフォーマにする施策である。
復活はアベレージパフォーマへの復帰を意味するだろうから、アナリストの予言通りと言えるだろう。
しかし、「普通の経営者」はアウトパフォーマになることを目指す。つまりオーバーストアを解消して一息をつき、その間に成長の
ための施策を打つ。戦略としてはそこまでがセットである。三越伊勢丹は、成長のための施策を打つ前に社長が解任された。Jフロント
はGINZA SIXを打ち出した。
本題は地銀である。地銀はconsolidationを行うべきである。なぜなら、環境的要因でその多くがアンダーパフォーマになっている
からである。戦略論として正しい。故に論ずべきは、成長のための施策として何を考えるかである。
急がば回れで、遠回りをしよう。
(1) 銀行員はなぜ高給取りなのか。
20年以上前、欧州系商業銀行のクレジットアナリストが「(日本の)銀行員の給料が高いのは、銀行が参入規制業種だからです。」
と説明していた。それを聞いて、腹に落ちた。日本の銀行は、顧客に価値を創造していないのである。(かつては)価値を創造していなく
ても、参入障壁で守られていて、預貸金利差で収益が上がるという構造ができていたのだ。
その数年後、1980年代に(当時の呼び名で)都銀から米国の投資銀行へ転職(米国入社)したM&Aバンカーから「転職して、なぜ日本
の銀行は給料が安いのか、分かった。」と聞いた。「日本の銀行がやっていることは、融資担保不動産の価値を、それらしく評価する
だけ。そんなことは誰でもできる。」
M&Aバンカーの年収は数億円である。その金額を得るだけの売上を(勤務先に)計上できないと、首を切られる(契約はat will)。
故にM&Aバンカーの年収は数億円である。基本的に、薄給のM&Aバンカーというのは存在しない。日本の銀行員の10倍はもらっている。
なぜこんなことを書くかというと、現状を正しく理解して強烈に反省しないと、アンダーパフォーマはアウトパフォーマになれないからだ。
日本の銀行 (特に地方銀行) 員は顧客に価値を創造していなかった。正しい現状認識から始めないと地銀のconsolidationは、支店
閉鎖の体力を獲得する為に行われた、だけになってしまい兼ねない。
(2) メガバンク誕生はシステム費用の捻出が大きな理由であった。
都銀のconsolidationによってメガバンクが誕生したわけであるが、そのトリガーはアンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)
であったと言われている。90年代、都銀幹部に日参し「米銀は、3000億円ほどのシステム投資をしています。この程度の投資を継続して
いかないと太刀打ちできませんよ。」と説いた。最初の内、幹部たちは「コンサルの言うことだから、話半分に聞いておこう。」と考えて
いたが、そのうち「顧客ニーズやリスク管理に対応するため。規制当局の要請に対応するため。国際的金融ネットワークの一員としての
責任を果たすため・・・実は正しいのかもしれない。」と思い直した。
都銀1行で3000億円をねん出するのは無理ということでconsolidationが選択された。
consolidationの結果として必然的に勘定系システムの統合が行われたが、そこで大きく躓き、前向きなシステム投資ができなかった
メガバンクも存在した。その辺りの事情は、日経コンピュータ他、「みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史」、日経BP、2020、に詳しい。
(3) システム費用の捻出は地銀がconsolidationを行う理由にならない。
元々規模が小さい地銀はシステム投資余力に乏しいから、勘定系を含めて共同システムを採用している銀行が多い。Linux(サーバー)の採用、
クラウド化、モジュール化というトレンドを考えても、システム投資費用捻出のためにconsolidationを行うというのは理に合わない。
金融庁あるいは政府が、地銀にconsolidationを推奨している理由は、単純に地銀の経営が厳しいからだ。数少ない地元の有力融資先を巡って
行われている金利下げ競争がconsolidationで終息すれば経営が好転するという見立てであろう。
繰り返しになるが、consolidationは、アンダーパフォーマをアベレージパフォーマにするだけである。別の表現を使うと、アベレージ
パフォーマをゴールにするならば、consolidationは有効な打ち手である。トントン経営には、なる。問題はその先である。どこまで見据えるか。
(4) 銀行の収益構造を今一度考えてみよう。
かつての銀行は、テレビ局や携帯キャリアと同じ参入規制業種であった。テレビ局は、YouTubeやネットフリックスあるいはSNSなどの
「新規参入」を経験して、もはや参入規制業種とは言えない。
銀行も、住宅ローンはIT系ネット銀行や流通系の銀行が提供している。カードローンはさらに苛烈な競争環境にある。加えてフィンテック
企業も登場しているため、もはや規制業種とは言えない。さらに悪いことに銀行は、レギュレーション対応費用が嵩む。生活インフラとしての
顔も持つ。アンチマネーロンダリングやリスク管理の高度化、(ストレステストや融資審査も射程とした)フォワードルッキング等に対応する
ためのデータ整備やシステム投資・レポーティングのコストが増大している。金検マニュアルも廃止され、ESGやSDGsというトレンドも視野に
入れなければならない。
ちなみに、再生可能エネルギープラントであるメガソーラーや風力発電所には反対住民が存在する。眩しい、うるさい、景観を損ねる、
漁業権・・・。そのような賛否両論の案件に地銀が融資することは難しい。結構、地銀は難しいポジションにいるのである。
(ファンドへの出資を通して投資することで融資することは可能。ファンド・オブ・ファンズまで捻ることもある。)
どうみてもインフローが減ってアウトフローが増大している。つまり収益構造のバランスが崩れている。consolidationだけでは、すぐに
アンダーパフォーマに落ちてしまう。
(5) 地銀が実施する価値の創造。
目指すべきゴールは、顧客に対して価値を創造する、ということに尽きる。それは金融庁も認識済であるが、個別具体策には議論がある。
もちろんconsolidationが行われたことを前提に考える。
① 経営者と同じ言葉で会話ができる、経営者発想ができる「経営人材(候補)」を育成することが第一歩である。
事業承継を含めた企業のニーズを専用Webサイト経由で集めた後に、営業マンを企業に訪問させ、詳細をヒアリングさせるという取り組みを
実施している銀行は既に存在するが、対応可能な営業マン(経営人材)が少なすぎてworkしていないのが現実である。
銀行内では経営人材を育成することが難しいので、若手を中心に外部企業へ1年程度武者修行をさせることをお勧めしたい。国がお膳立てを
しても良いだろう。若手でなくとも構わないが、間違っても銀行の余剰人員を出すことは厳禁である。武者修行後は、経営の現場に放り込んで
さらに修行させる。もちろん点この仕組みを定着させるには、人事制度を変革する必要がある。定着するまで我慢するのは経営者の仕事である。
外部企業とは、会計事務所系あるいは税理士事務所系のコンサルティング会社・アドバイザリー会社を想定している。1年程度の研修で変わる
か疑問だ、などと言わずに・考えずに、行動してみたほうが良い。
経営人材が増えてきたら、事業承継を含むM&Aをビジネスに、新たな視点から取り組むことが可能である。ファイナンスや仲介も良いが、
地銀にお勧めしたいことは、人材の適所化である。半沢直樹的に言うと、帝国航空の整備士をスカイホープ航空に移籍させるというイメージ
である。再就職支援業と言っても良いだろう。
理想は、ファイナンスで新しいビジネスを作る手伝いをして、再就職支援で(地銀の)地元に人を連れてくることであろう。しかし逆パターン
で、人を他所に連れ出すことになったとしても雇用を守っているし、そのおかげでM&A(事業承継)が成立すれば、顧客に対して価値を創造して
いる。
なお、人材の移動業務は、規模が生きてくる。consolidationはプラスに作用する。
② 経営人材の育成は、実は、これからの銀行経営にも欠かせない。金融庁から求められている新しい融資業務を遂行するためにも必要である
(故に①は実行すべき)。
金融庁検査マニュアル廃止後の融資判断(審査)は、担保価値の把握よりも将来の事業性(営業フリーキャッシュフロー)の把握に重きを置く
ことが求められている。
事業性融資に対する貸倒引当金も、営業フリーキャッシュフローを「将来予測」してDCF法ベースで算出することが求められる。債権放棄や
事業再生においても同様に求められる。
「将来予測」は、アートの世界で経営人材なしでは難しい。単にマクロ経済指標を説明変数として使った統計モデルを構築するだけで完了
する作業ではない。経営人材を育成し、増やす必要がある。
「将来予測」はプロシクリカリティ低減に有効であると、全世界の規制当局・監督官庁等に認識されている。つまり、売りが売りを呼んで
奈落の底に落ちる、という最悪なシナリオを避けるために将来予測は有効であると世界的に認識されている。みんなで渡れば怖くないスタイル
で、1社で損失が明るみになると、我も我もと次々に損失を明かすというパターンを避けられるというのである。IFRSもバーゼルも採用して
いる「将来予測」からは日本基準も逃れられない。
重要な点は、銀行が経営人材の育成し「将来予測」というアートを実行できれば、融資先企業に対する経営指導の高度化にも資する、と
いう点である。晴れの日に傘を貸して雨の日に傘を取り上げるという行為は減るだろう。なぜなら、後から顧客とともに答え合わせができる
からである。透明性が増し、ホワイトボックス的にデータが蓄積する。結果、融資先企業に対する経営指導の高度化し、顧客に対して価値創造
ができる。
③ 最後は別の角度から、顧客への価値創造を考えたい。consolidationの結果、システム部門の行員(系列シンクタンクや系列システム開発
会社の社員を含む)は増えるだろう。その一部をセキュリティ人材として育成することをお勧めする。
情報セキュリティ専門の別会社化して独立させても良い。またセキュリティ人材の育成においては、国が関与・補助しても良いだろう。
セキュリティ人材を銀行本体に加えて、地元企業等のセキュリティ確保にも充当する。企業のみならず、市役所・町役場、小中学校・高校・大学、
病院、水道局、消防署、再生エネプラント等も対象となるだろう。業務範囲は、データ保護や個人情報の取扱を含めることが望ましい。また、
セキュリティ会社は、積極的に地元の学生を採用することが望ましい。
顧客への価値創造の具体例を示そう。近年、金融機関のサイバーセキュリティにおいて「脅威ベースのぺネトレーションテスト(TLPT)」と
呼ばれるアプローチが注目されている。以下の動向からも明らかであろう。
金融庁は2017年11月、平成29事務年度 金融行政方針において「大規模な金融機関については、そのサイバーセキュリティ対応能力をもう
一段引き上げるため、より高度な評価手法の活用を促す。」と記した。高度な評価手法の例として、脚注でTLPTを挙げた。18年10月には
「金融分野におけるサイバーセキュリティ強化に向けた取組方針」を更新し、インシデント対応として大手金融機関にはTLPTの実施を推進する
とした。中小金融機関には、金融庁演習(Delta Wall)への参加を推進するとした。さらに、公益財団法人金融情報システムセンター(FISC)は
2019年9月、「金融機関等におけるTLPT実施にあたっての手引書」を刊行した。
(従来の)ぺネトレーションテストとは、システムにおける公知(既知)の脆弱性を突いて侵入することで、公知(既知)の脆弱性の中で、自身の
システムの脆弱性を認識するというテスト手法である。例えば、セキュリティ上の欠陥が公知となり、欠陥を修正するプログラムが公開された
ものの、修正を怠っていたことが明らかにされた、というようなレベルであれ。
対してTLPTとは、テストというよりシミュレーションゲームである(未だに日本では、ゲームと書くと「遊びか?」と思う人もいるが、当然
そうではない)。攻撃側と防御側に分かれて、実際に行われているサイバー攻撃が疑似攻撃として仕掛けられる。このサイバー攻撃はカスタマイズ
されている。脅威ベースとは、カスタマイズされた、という意味でとらえて概ね構わない。
このカスタマイズは、まず、a.攻撃者のバックグラウンド、b.技術レベル、c.目的等をセットする。当該セットでは、実際、近年どのような
攻撃が行われているか、を考慮して攻撃シナリオを決定する。攻撃者のバックグラウンドとは、北朝鮮、ロシア、中国といった国家なのか。
(大規模、中規模、小規模)サイバー犯罪グループなのか。あるいは、インサイダーなのか。目的とは、社会を混乱させることか、スパイ活動か、
金銭か、ハクティビズムか、といったことである。
さらに、内部情報をどこまで攻撃者が有しているかを3種類に分けて、どれかが選ばれる。3種類はブラック[内部情報なし]、グレイ[限定情報]、
ホワイト[十分情報]である。
金融機関のサイバーセキュリティにおいてはTLPTがバズワードであったが、サイバーセキュリティ全体で言うと、サイバーレジリエンスが
バズワードとなっている。これは、侵入を完全に防ぐことはできないと現実認識し、侵入されても被害を最小限に抑えるという思想及びその思想
に基づいた対策である。
TLPTはサイバーレジリエンスと相性が良い。攻撃の結果、被害はどの程度であるかを確認し、それを最小化するための対策を採る。ここが重要
であり、地銀のサイバーセキュリティ部隊がそのノウハウを顧客に提供する、というソリューションスタイルで価値創造することが望ましい。
①~③は教育を含む中長期的な取り組みである。手間暇かかるが、時間とコストを費やした結果として得られる競争優位の源泉は持続性が高い。
また①と②は、人のつながり・地域とのつながりをベースにしているから、IT系サービス業者や越境ライバルと比べて優位である。地銀はヒトベース
で競争戦略を構築することが理に適っていると思われる。
ウィズコロナ時代にヒトベースはワークするのかと思われるかもしれないが、ヒトベースのアプローチは、マインドシェア1位・想起率1位を獲得
するフェーズに用いる(ので問題ないと思われる)。
consolidationで時間を稼ぎ、歩を緩めずに①~③を実施する。これが当社が地銀に推奨する「成長のための施策」である。
■関連記事■サイバーセキュリティの基本方針一考(2015年時点)+追記