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ワンピース、そして鬼滅の刃はなぜ凄いのか。

 2020年、劇場版・鬼滅の刃(無限列車偏)が爆発的にヒットしている。ここまでヒットした理由は誰にも分からないだろう。ある意味、ワンピースすら超えたと言える。
 下記は、ワンピースを超えるマンガが現れるか?という考察(2015年作)であるが、Ⅶで鬼滅の刃がヒットした理由の考察を加えている。

Ⅰ 緒言
 商業的に言うと、ワンピースほど売れているマンガはない。それほど売れた原因を、コマ割りや演出といった 戦術レベルではなく、戦略レベルで分析したい。
 木で鼻を括った言い方をすると、"今までにない要素を融合させることに成功した"、となる。具体的に言うと、
 ◆ドラゴンボールが確立したフォーマットを踏襲
し、かつ
 ◆謎解きという要素を組み込んだ
上に、
 ◆戦闘マンガには馴染まないと思われていたテーマに真正面から向き合っている
というのが結論である。
 ドラゴンボールが確立したフォーマットとは何か。
 ドラゴンボールが確立したフォーマットには、イノベーションが2つ存在するが、そのフォーマットとは何か? を 語るには、ドラゴンボール以前を語る必要がある。
 もちろん、以下は全て私見である。

Ⅱ 戦闘マンガ原型
 戦闘マンガという用語が"マンガ学"に存在するかは知らないが、「格闘マンガ」と「戦闘マンガ」を、次のように区別したい。
 格闘マンガは、"凄い人間"が戦いを展開するマンガと定義する。どう考えても人間離れしている範馬勇次郎(注1)、ラオウ(注2)、 大阪魂三代目(注3)は、"凄い人間"の範疇に入れる。
 一方、戦闘マンガは、"超人"が戦いを展開するマンガと定義する。吸血鬼や悪魔、魔法使い、サイヤ人・宇宙人、サイボーグは"超人"である。 サイボーグに素手で勝ってしまうコブラ(注4)は、人間の部類には入れない。
 戦闘マンガの原型フォーマットは、「疑いようもなく強い"正義の味方"が悪を倒す」という勧善懲悪フォーマットで ある。月光仮面(注5)、エイトマン(注6)、(マンガではないが)ウルトラマン(注7)が典型例になるだろう。 ワンパターンだが、当時は、正義が悪を倒すというだけで満足感が得られた。満足感というより、「ありがとう」で あったかも知れない。
 新しい刺激を求めるのは人間のサガであり、エンタメ分野のコンテンツにとって、飽きは宿命である。 どんなにヒットしたフォーマットも飽きられるのは避けられない。
 ストーリーに深みがない勧善懲悪パターンは、程なく飽きられることになった。
 以後、主役の座は、勧善懲悪ものから、ストーリーが起伏に富んでおり、主人公に共感できるスポ根ものに 置き換わっていく(もちろん、東京オリンピックの影響も大きかった)。

Ⅲ ドラゴンボールが確立したフォーマット 其之一
 スポーツは、自然に勝ち負けがあり、練習、修行・鍛錬は当たり前である。もちろん、その常識を逆手に取った 「ドカベン」(注8)のようなマンガもあるが、通常は、努力で強敵を倒していくところに、読者の共感ポイントがあった。
 戦闘マンガの親戚縁者である格闘マンガは、格闘競技を描くマンガからスタートしている。このためスポーツ・ マンガ同様、最初の時点から、敵に負けるという要素と、鍛錬して強くなるという要素が入っていた。
 戦闘マンガと格闘マンガは、フォーマット上明確に区別されていたと思われる。重複するが、戦闘マンガでは超人 によるバトルが展開されるわけだから、「疑いようもなく強い主人公」を最初に設定するところから始まっていた。 かつては、「疑いようもなく強い主人公」が安心感になっていたのだろう。 大鵬・双葉山、V9時代の巨人軍、三つ葉葵の紋所・・・日本人は、安心感のある強さが好きだったのかも知れない。
 しかし、疑いようもなく強いから、それ以上強くなるという発想はないし、敵に負けるという発想もなかった。
 「修行・鍛錬して強くなり、敵を倒す」、「敵に負けた後、主人公が"進化"して、敵を倒す」という要素を、戦闘マンガへ導入した最初のマンガを正確には知らないが、導入に最も成功したマンガは、紛れもなく ドラゴンボール(注9)である。
 「修行して強くなる」という要素の導入が戦闘マンガの進化であり、その導入を成功させたことが、ドラゴンボールの達成した1つめのイノベーションである。
 ただし、ドラゴンボールでは、修行して倒す敵は「絶望的に強い」敵で、しかも突然登場させるという手法をとったため、いわゆる「パワーインフレ」問題に悩まされることになった。 ピッコロ、ベジータ、人造人間・セル、フリーザ。皆そうである。
 「最初は手が届かない」ように見える強い敵を配置するのは、スポ根ものでは定番である。 力石徹(注10)やお蝶夫人(注11)、あるいは(スポ根ではないが)姫川亜弓(注12)が典型例。しかし、突然には登場しない。最初から存在し、 そこに向かって努力する。ゆえにパワーインフレは存在しない。ワンピースも同じ構造を採用している(注13)。
 ちなみに鬼滅の刃も、最終的な敵(ラスボス)である鬼舞辻無惨は速めに登場して、無惨を倒すというストーリーはぶれない。当然パワーインフレ問題もそこにはない。連載終了が早いという副作用はやむを得ない。

Ⅳ ドラゴンボールが確立したフォーマット 其之二
 ドラゴンボールが達成した2つめのイノベーションは、戦闘マンガにギャグ・テイストを導入することに成功した点 である。
 普通、戦闘マンガにふざけた要素/ギャグ・テイストを持ち込むと、バトルが「温くなる」、あるいは「白ける」という 心配が先に来る。もちろん、相異なる要素であるから、成功裡に融合させるには、相当の力量が必要となる。 誰にもできることではないが、融合させることができれば、バトルにメリハリ・緩急がつき、面白さを増大させる ことができる。
 戦闘マンガへのギャグ・テイスト導入には、もう一つの障害がある。ギャグ・テイストとシリアスな主人公は共存 させることが難しい、という点である。
 全てを一身に背負った「世界平和を目指す」あるいは、「全人類を護る」といった主人公が、一見するとチャラい・軽い、というのは相容れない。
 ギャグ・テイストを導入するなら、いわゆる「戦う理由」として、別の理由を考えなければならない。 そうすることで、ストーリーに厚みが生じる。
 ドラゴンボールでは当初、「宝探し/ドラゴンボール集め」という理由を割り当てた。 ギャグ・テイストを導入したことによって、主人公・孫悟空も、堅苦しくないキャラにすることができた。 これもヒットした要因であろう。
 ただ、後半(特にフリーザ登場以降)では、ギャグ・テイストは徐々に消えていき、それに伴って、戦う理由も 「地球を(物理的に)守る」/「宇宙を守る」あるいは、「純粋な強さの追求/より強い相手と戦いたい」に変わって いった。その分、後半はメリハリに欠け、面白さが減少したように思われる。
 キャラ的にも、後半以降、大人になった悟空をはじめ悟飯(注14)やベジータ(注15)など主役級が、堅苦しいキャラになり、 面白さが減少したように感じられる。
 ナルト(注16)にも同じことが言えると思われる。ナルトのキャラはギャグテイストだし、(少なくとも一見)軽い。 作品当初(前半?)は、火影になる、仲間に認められたい、という想いで"疾走"していた。
 しかし、"説教臭い"というファンが多い作品の後半は、かなり大きな話になってしまった。故に、後半は人気が 落ちていったのではないだろうか。もちろん、ナルトの軽さは、ナルトが背負ったものとバランスがとられているし、サスケとのコントラストも構成しているが、それでもやはり、後半パートの重さは、キャラとマッチしていなかったように思える。
 ワンピースにはそうなって欲しくない。

Ⅴ ワンピースのイノベーション
 ワンピースの基本フォーマットはドラゴンボールと同じである。戦闘マンガで、主人公ルフィーは、敵に負けた 後、進化して強くなり、敵を倒す。ギャグ・テイスト満載で、ルフィーの戦う理由は「冒険がしたいから」あるいは 「海賊王になる」ため。
 イノベーション的に言えば、ドラゴンボールの方が凄いと感じる。ただ、ドラゴンボールはイノベーションを体現したフォーマットを確立したが、完成させたわけではない。ワンピースでは、フォーマットの完成度が相当アップしているように思われる。
 では、ワンピースはドラゴンボールが確立したフォーマットを改善させただけか、というとそんなことはない。 改善だけではなく、イノベーションもしっかりある。
 謎解きという要素を組み込んだ上に、戦闘マンガには馴染まないと思われていたテーマに、真正面から向き合っている。
 特権階級・天竜人の存在。強者による弱者への差別や迫害。権力者による歴史の改ざん及び隠ぺい。 実績優先管理社会の息苦しさ。正義という名の矛盾。社会の闇、歪み。鬱屈した世界。 そういった戦闘マンガには馴染まないと思われていたテーマに、真正面から向き合い、そういったものを、 まとめてぶっ飛ばす、というところにワンピースの面白さの本質がある。そう考えている。

Ⅵ ワンピースを超えられるか
 まず、戦闘マンガあるいは格闘マンガ以外で、ワンピースを超えることは、おそらく無理である。
 次に、戦闘マンガとしてワンピースを超えるために、取り得る選択肢は、
(1)ドラゴンボールが確立したフォーマットを超えるフォーマットを新たに作る、
(2)ドラゴンボールが確立したフォーマットを踏襲しながら、新たなプラスαを考える、の二つである。
 (2)はワンピースが達成したイノベーションである。同じ柳の下にドジョウは、3匹もいるだろうか。
 不思議なことに、人間は定番に対するノスタルジーも持っており、「新しさ」と「定番」の絶妙な融合がヒットの カギとなる。食ビジネスでも、衣ビジネスでも同じようなことが言える。
 ということは、人の感情あるいは根源にかかわるビジネスにとって、それは、ほぼ真理に近いのだろう。
 そこに、新たな鍵が隠されているかもしれない。

Ⅶ 2020年の追加-鬼滅の刃がヒットして理由
 鬼滅の刃も基本は、ドラゴンボールが確立したフォーマットを踏襲していると考えている。ただそのフォーマットは、スポ根もののフォーマットに良い意味で先祖帰りしているように思える。
 さらに、フォーマットにプラスαがあり、ギャグテイストの付加構造が、ドラゴンボールやワンピースとは異なる。
 プラスαは、「家族の絆」、「仲間との絆」であろうと考えている。
 ギャグテイストの付加構造は、優しさをベースにした構造だと考えている。物語自体、極めてシリアスで殺伐とした内容のみになってしまいそうであるが、炭治郎の優しさでうまくバランスをとっている。そして、その優しさがシリアスな話にギャグを受け入れる余裕を物語に与えている。

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(注1)週刊少年チャンピオンに連載された、板垣恵介の代表作「グラップラー刃牙」(1991~1999年)、 「バキ」(1999~2005年ン)、「範馬刃牙」(2006~2012年)の主人公範馬刃牙の父親で、地上最強の生き物と称される。
(注2)週刊少年ジャンプに連載(1983~1988年)された、武論尊・原哲夫の作品「北斗の拳」の主人公ケンシロウの兄弟子。拳王と称される。 ファンの間では、主人公ケンシロウ以上の人気を誇る。続編は「蒼天の拳」。
(注3)週刊ヤングジャンプに連載(1985~1996年)された、高橋幸二の作品「押忍!!空手部」の主人公高木義志の大阪時代の称号。 作品後半では、東京に移り、東京魂1代目となるが、その後話が急拡大していくため、その称号は不釣り合いとなり、ほとんど使われていない。
(注4)週刊少年ジャンプで連載(1978~1984年、その後も掲載しを変えて継続)された寺沢武一の作品「コブラ」の主人公。コブラが倒したサイボーグ とは、クリスタル・ボーイ。なおコブラは100mを5秒フラットで走れるし、握力も500kgある。花山薫はどの位だろうか。
(注5)川内康範原作の冒険活劇「月光仮面」の主人公。TBS系列で1958年~1959年まで放送された。
(注6)週刊少年マガジンに連載(1963~1965年)された平井和正・桑田次郎の作品「エイトマン」の主人公。
(注7)円谷プロダクションが制作した特撮テレビ番組「ウルトラマン」(1966~1967年TBS系列にて放送)の主人公。2015年現在の最新作は ウルトラマンX。
(注8)週刊少年チャンピオンに連載(1972~1981)された、野球漫画の第一人者水島新司の作品で野球漫画の傑作。とにかくチーム (明訓高校)が負けなかったので、いつ負けるのかという一点に注目が集まった。高校3年間で唯一弁慶高校に敗れた(そこでドカベン という作品は終了)。なお、山田太郎たちは「大甲子園」という作品を経て、プロ野球に入団し、2015年時点でも「ドカベン ドリームトーナメント編」 という作品で戦っている。40年を超えているのは驚き。※「ドカベン ドリームトーナメント編」は2018年6月で終了した。ドカベンシリーズ全てを合わせると205巻になる。
(注9)週刊少年ジャンプに連載(1984~1995年)された鳥山明の作品。Webベースの資料によれば、発行部数ランキング歴代3位。
(注10)週刊少年マガジンに連載(1968~1973年)された梶原一騎の作品「あしたのジョー」の主人公矢吹丈のライバル。アニメ化された作品で、 声をあてたのは俳優の細川俊之。架空の人物として初めて葬式が行われたことでも有名。 実写映画化された作品(2011年)では、伊勢谷友介が演じた。
(注11)週刊マーガレットに連載(1973~1975年、1978~1980年)された山本鈴美香の作品「エースをねらえ」の主人公岡ひろみの憧れの先輩で、 後に最大のライバルとなる竜崎麗香の尊称。岡ひろみに敗れるまで無敗の女王であった。
(注12)花とゆめ(1976~1997年)及び別冊花とゆめ(2008年~)に連載中の美内すずえの大河作品「ガラスの仮面」の主人公北島マヤのライバル。 映画監督姫川貢と女優姫川歌子の愛娘=芸能界のサラブレットで天才少女という設定。
(注13)最強が海軍大将であるという設定がある以上、四皇が現れても、パワーインフレは起らない。また、悪魔の実以外に 覇気という新しい軸が、パワーインフレの抑制に貢献している。
(注14)ここでは、孫悟空の息子を指す。もともと悟飯は堅苦しいかもしれない。
(注15)ベジータも堅苦しい性格かもしれない。
(注16)週刊少年ジャンプに連載(1999~2014年)された岸本斉史の作品。Webベースの資料によれば、発行部数ランキング歴代6位。


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