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平成事件簿(1) 出光興産事件 

Ⅰ 前置きとして 日本の第三者割当増資・概観
 日本は、第三者割当増資に関しては、オプト・イン制度を採用している(形式上はそうなる)。辞書をひくと、オプト・インは「選択する」、 オプト・アウトは、「意図的に放棄する」、といった意味である(注1)。
 第三者割当増資に関して言うと、「(会社法上)既存株主は新株引受権を有する」ことがデフォルトという立場で、新たに第三者に新株を 割り当てるためには、当該権利を"わざわざ"手放す手続きを要する、というシステムが、オプト・アウトである。
 オプト・インは、既存株主には新株引受権が当然には付与されていないので、会社法上、第三者割当増資は自由に行える、ということ になる。
 EU各国、オーストラリア、カナダはオプト・アウトであるが、日本に加えて米国も、オプト・インである。ただし、米国のほとんどの州は、 州会社法上、自由に第三者割当増資が可能である(注2)一方、証券取引所の規制によって、歯止めをかけるというアプローチを採用している。
 日本は、2010年6月に新ルール(注03)が導入されるまで、取引所の規制もなく、野放し状態であった-もっとも、当該ルールも実効性は 無いに等しい。日本の第三者割当増資が現在のような経営者フレンドリーになった時期は、一般的な理解では昭和25年であるが、実際は 昭和41年である。
 米国型の取締役会制度及び、「会社の資金調達の機動性を確保する」ために授権資本制度が導入された昭和25年(1950年)改正商法は、 株主が新株引受権を「有しない」ことを原則とした。一方(米国は、オプト・インの国にも関わらず、なぜか・・・)GHQは「有する」との立場を とったため、この件は、会社の自治に委ねられることとなった(注4)。
 しかし、この"自治アプローチ"では混乱が生じたため、白黒はっきりすべく、昭和30年(1955年)の改正で、定款に記載がない限り、 「既存株主の新株引受権」は保障されないことになった(注5)。ただし、この時点では、たとえ有利発行でなくとも、第三者に株式を割り 当てる場合には、株主総会の特別決議が必要であった(注6)。手続き的にはオプト・アウトで、表面上は"真っ当"であったが実体は、 "脱法的な態様"での実施が横行していた。買取引受で、第三者割当増資が行われていたからである。
 発行会社が新株を売出し・公募する場合には、証券会社に一旦引受けさせ、その後に(証券会社が)第三者に売り出す。これが「買取引受」 である。特別決議を要せず第三者割当増資を可能にするスキームとして重宝されていたのであろう。日本の経営者(経済界)が、第三者割当増資を重用していた傍証でもあるだろう。
 ちなみに、日本で公開買付け制度が導入されたのは、昭和46年(1971年)であるが、平成2年改正まで実施されたのは、わずか3件(注7) であった。
 有利発行でなければ特別決議は不要との考えもあった(注8)ようであるが、法律を文言通りに解釈すると当時の商法では、買取引受は、 特別決議を要することになる。
 この議論の余地がある"脱法的な態様"を、最終的に合法化させたのが、昭和41年(1966年)改正商法である。結局、『有利発行の場合に のみ特別決議が必要』となり(注9)、現在の形に落ち着いた(注10)。
 論理的に考えると、この結論は全く奇妙なわけだが、第三者割当増資を多用したい経営者の意向を受けた「経団連、旧通産省及び自民党」 が鉄のトライアングルを組んで、動いたと考えれば合点もいく。
 間接金融中心で、仲間内での持ち合い株式が多く、一般株主の意向を汲みとる必要がなかった、経営者フレンドリーな社会・日本であれば こそ、こうして、世界的にも奇妙な、(授権資本の範囲内であれば)「取締役権限で、任意の第三者に新規株式を割り当てられる」という制度 が完成したのであろう。つまり『米国では会社法上の規制ではなかったために、日本で会社法を制定する際に漏れた』のではなく、意図的 に、現在の制度を作り上げたと考えられる。

Ⅱ 不公正発行と有利発行の判断事例
 「取締役権限で、任意の第三者に新規株式を割り当てられる」日本の第三者割当増資は、無敵の買収防止策であった。このロス・インゴ ベルナブレス・デ・ハポンに対する制御棒は、a)不公正発行とb)有利発行の2つである。
 ビジネス上の目的を達成するために増資が必要であれば不公正ではなく(主要目的ルール)、発行価額が市場株価と大きくかい離していな ければ有利発行ではない、と整理されていた。
 支配権争いが認められる中で第三者割当増資が行われ、その正当性が争われた事件で、リーディング・ケースと考えられる事件に、 忠実屋・いなげや事件、ベルシステム24事件がある。

(1)  忠実屋・いなげや事件
 不動産会社秀和が、いなげや及び忠実屋の株式を買い進める中、「資本提携を伴う業務提携でシナジー発揮」というビジネス目的を達成 するための第三者割当増資が行われた。このスキームは、野村証券と森綜合法律事務所が考案したと言われている。昔から野村証券は、 小売業には特に強い。例えばウォールマートと西友との業務提携及びその後の子会社化においても、西友側のアドバイザーを務めている。
 ちなみに、ゴールドマン・サックスは小売業から顧客を増やして事業を拡大していった。マーカス・ゴールドマンによって創業された マーカス・ゴールドマン商会(現在のゴールドマン・サックス)は、当時の米金融界を牛耳っていたJPモルガン商会(現在のJPモルガン・チェース) のようなエスタブリッシュではなかったため、鉄道会社や電力会社のディールには絡めなかった。そのような理由から、ゴールドマン商会は、 自身の事業拡大のために、将来有望な産業を見つける必要があった。
 マーカスの次男ヘンリーは、小売業に目をつけた。ヘンリーは非凡であり、小売業の価値は、鉄道会社のように有形資産で決まるのではなく、 「どれだけ早く、"現金"を生み出せるか」によって決まると見抜いていた。
  忠実屋・いなげや事件(東京地決 平成元年7月25日)では、予想に反してa) ビジネス上の目的達成はフェイクで、秀和の持株比率が著しく 低下することを意図して新株発行を行った、b)市場株価に比べて大幅に廉価、として発行を差し止めた。特にb)は大きな驚きを伴う判断で あった。「M&A(投機)の影響で市場株価が高騰していたとしても、株価とはそういう性質も持つのだから、無視できない。」という判断を 示したからだ。従前は、バブル部分は考慮すべきではない、と考えられていたからだ。この事件をきっかけに、発行価額を取締役会決議前日 の市場株価終値×90%以上とするのが原則(日証協の自主ルールとなり、実質的な原則)となった。
 不公正発行(主要目的ルール)ではなく、有利発行に関するリーディング・ケースである。

(2) ベルシステム24事件  こちらは、不公正発行(主要目的ルール)に関するリーディング・ケースである。
 CSK子会社であった、コールセンター運営大手ベルシステム24が、CSKから独立するために投資ファンドに対して巨額の第三者割当増資を 行い、その正当性が争われた事件である(東京高決 平成16年8月4日)。
 同事件では、それまでの事業停滞を脱し、ソフトバンクのコールセンターを買収して高成長を目指す、というビジネス上の目的達成の ために増資が必要であることを、次のように示した。
  ①高成長を目指す事業計画を提案したのは、支配権争いに無関係のソフトバンク。
  ②事業計画実現には、資金調達が必要。
  ③資金調達先の投資ファンドは事業計画を詳細に分析し経済合理性があると判断。
  ④アームズレングスの交渉を実施。
 結論として、不公正発行は認められなかった。
 株主から預かった資金を増やすために経営者は事業を拡大する必要がある。事業拡大に充てる成長資金の内、長期間にわたる資金を株式 市場から調達する。これがコーポレートファイナンスの原則である。従って、その資金を前提とした事業の成長を反映した「第三者から 見て経済合理性のある」事業計画を示すことは本質的に重要なステップである。
 紛いなりにも、本質的に重要なステップを踏んだベルシステム24では株式発行(増資)認められたとの整理が可能であろう。加えて、利害  関係がないように見える第三者やアームズレングスの交渉も重要なポイントであろう。
 原理原則が確立されたという見方が可能という意味で、ベルシステム24事件はリーディングケースと呼ぶに相応しい。ただし、第三者割 当増資ではなく借入ではダメなのか(注11)、公募増資ではダメなのか、という論点は残った。

(3) 出光興産事件
 石油元売り業界2位(当時)の出光興産と同5位の昭和シェル石油が、経営統合を計画したものの出光興産の創業家が猛烈に反対した、という 案件。出光興産の株式約34%を有する株主の持ち株比率を約26%に下げる公募増資について、その正当性が争われた(東京地決 平成29年7月18日)。
 小幅な下げだが1/3を挟んでいるところに意味がある。また、公募増資で資金調達が行われたという点で注目に値する事件である。
 当時の出光興産にとって「単独で高成長を達成できる事業計画を提示する」こと及び、「同事業計画達成には資金が必要であり、成長資金 を株式市場から調達する」と主張することは、困難であった。それが可能ならば昭和シェル石油との経営統合は意味を無くすし、単独での成長ストーリーを描くことは可能とした創業家の主張を認めることになるからである。
 そこで出光興産は、調達資金は「戦略的投資」と「借入金の返済」に充てるとした。
 戦略的投資は、①既に設立済の会社への出資金、WCとして建設済施設への貸付金、②取締役会での決議を経ていない工場への建設資金、 ③有機EL事業等におけるR&D費、とした。①と②は何が戦略的なのか全くわからない。戦略的かは別としても、このタイミングで株式市場から 調達する必然性は認められなかった。③については「戦略的投資」に該当すると思われるが、なぜこのタイミングで一括調達する必要がある のかは不明としてた。結果、戦略的投資とされる目的のために公募増資するのであれば、それは不公正な発行と判示された。
 先に示した原理原則に則れば、本質的に重要なステップを踏んだベルシステム24では株式発行(増資)認められ、出光興産では認められ なかったとの整理が可能であろう。そして、出光にとっては想定内だったと思われる。
 本命の借入返済については、公募増資が認められている。公募増資で調達したことが奏功したと考えられている。公募増資は第三者割当 増資に比べて特定株主の持ち株率を低下させる能力が低いためである。
 ここで、増資を借入返済に充てた件ついて、コーポレートファイナンスの原則から判断してみよう。株式コストは借入金の金利より高い。 つまり、増資資金で借入金を置き換えるというのは経済合理性から考えてあり得ない。逆に、借金をして自社株式を市場から買い上げる、 ことはあり得るし、自社株買いとして普通に行われている。
 支配権が争われているタイミングで、逆ザヤで資金を確保する合理的な理由を疎明できない限り、借入金を増資資金で返済することは、 不公正発行に該当するという原理原則を確立すべきであろう。
 ただ、一般論はそうであるが、本件では、昭和シェル石油株取得のために借り入れた有利子負債の一部を増資資金で返済するという スキームになっている。つまり「昭シェルの株式」を「出光興産の株式」で取得するというエクイティ・トランザクション・スキームに なっている。一緒になろうと考えている会社の株式を自社の株式と交換することには十分な合理性がある。重層的に準備がなされている。
 出光と昭シェルの経営統合は理に適っていた。(裁判所が忖度するとも言われている)国策とも合致する。現場も経営統合を支持していた。 そんな状況で、出光創業家の我儘を認めていいのかと裁判所が考えても不思議ではない。
 コーポレートファイナンスや合理性の議論を超えた裁判所の判断もあったように思える。

注1 例えば、クラスアクションの用語では、オプト・アウトは、集団訴訟からの離脱を意味する。
注2 48州法中、オプト・インを採用してるのは33州(文献1、p.140)。オハイオ、テキサス、ネバダ州などオプト・アウトを採用している という(同脚注6)。
注3 東証有価証券上場規程432条及び、施行規則435条の2第1項。
注4 文献2、p.79注9
注5 もっとも、平成2年改正商法で、定款に株式の譲渡制限を定めれば、既存株主に新株引受権が保証されることとなった。現行会社では、 非公開会社であれば、株主に新株引受権が保証される。
注6 文献2、p.32
注7 文献3、p.3や石井・関口(2007)、p.1。清原(2007)、p.32によれば3-4件。具体的には以下の通り。①米ベンディクスによる自動車機器 (72年)、②沖縄電力による沖縄配電と中央配電(75年)、③オリックスによるオリックス市岡(90年)。自動車機器は、ベンディックスの ライセンスを受けてブレーキ関連部品を生産していたヂーゼル機器(現ボッシュ株式会社)のブレーキ部門が独立して55年に設立された。
注8 文献2、p.79注13
注9 文献2、p.33
注10 1996年に撤廃されるまで、証券業界に自主規制ルールがあり、一定の歯止めをかけていたことについて、大杉謙一、第三者割当制度の 課題、M&A研究会報告2009、p.83。また、文献4、p.6も参照。
注11 実際のところ借入については、多額であったために実行できなかったとか、格付けを下げたくなかったとか、コビナンツ付きになった ため断念したとか、理由を付けるのは簡単と思われる。

文献1:二上季代司、新株発行の割当規制における上場規則の役割、彦根論叢 秋山義則教授追悼号(第374号)
文献2:小林俊明、閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行、専修法学論集、第102号
文献3:公開買付制度等ワーキング・グループ、関係資料、平成17年7月28日
文献4: 第三者割当の取扱いに関するワーキング・グループ、第三者割当のあり方等について、平成22年2月10日
石井禎・関口智弘、実践TOBハンドブック、日経BP、2007
清原健、詳解公開買付けの実務、中央経済社、2007

  
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