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平成事件簿(6) 楽天・TBS事件 

 本件【吸収分割に反対する楽天からの株式買取請求】事件は、面白みに欠ける事案と言える。
 旧商法で買取請求できる「公正な価格」は、『組織再編行為がなかりせば得られたはずの価値』を基準としていた。
 ところが、組織再編行為は価値を破壊することもありうる-分かりやすく言えば、シナジーには負のシナジーも存在する-ため、会社法下でも旧商法の"なかりせば"ルールは存続している(注1)。
 TBSに対して楽天が行った株式買取請求は、この"なかりせば"ルールに依拠しているが、本件では次の3点から、"なかりせば"ルールは基本戦術として有効でないと考えられる。

 (1) 本件で"なかりせば"が成立するということは、改正放送法-認定持ち株会社への移行-が、テレビ局の事業価値を毀損することを認めることである。この主張には一理あると思えるものの、裁判所がそれを認めるはずはない(注2)。

 (2) TBSの認定持ち株会社化により、楽天は1/3を超える議決権の保有が不可能になった。これが"通信と放送の融合"を不可能にし、楽天は不利益を蒙ったと主張しているわけであるが、楽天とTBSが業務提携・資本提携することで、お互いにシナジーが得られるということが明白でないため、"なかりせば"ルールの適用は難しい。
 通信と放送の融合が、仮に、新たな価値をもたらすとしても、TBSの課題は「そこにはない」ことが明らかである。視聴率の採れるコンテンツを作り出せるようになることこそが重要(注3)であって、既存コンテンツの使い回し等で価値を増やそうとすることは、本質ではない。
 あぜ道に回避するような施策こそ、価値を毀損する行為と考えられる。

 (3) 楽天が、公正価格の算定基準日とした改正放送法の成立日は2007年12月21日。一方、TBS側の基準日は、買取請求権行使日である2009年3月31日。なお、組織再編行為の効力発生日は、翌4月1日である。
 日興コーディアルグループ株式買取価格決定申立事件では、反対株主甲並びに丙が主張する基準日が、「組織再編行為の効力発生日」から、2年近く(甲)、並びに1年以上前(丙)であることから、"相当でない"と判断している。
 この判断を援用すると、楽天の主張する07年12月21日は、効力発生日の09年4月1日から1年以上前であり、"相当でない"と判断される可能性が高い、と考えられる(注4)。

 楽天側のロジックは通らず、TBS側の主張が認められる可能性は極めて高い。もっとも、楽天側も、このことは十分に承知しているだろう。では、なぜ株式買取を請求したのか、というと、法曹関係者から指摘されている通り、税務メリットを狙ってのことであろう(補1)。
 この税務メリットを狙った請求を、裁判所がgreedyと判断することは考えられないので、効力発生日-TBSの主張する株式買取請求権行使日の翌日-の株価1,351円で買取りが行われ、それに対応する税務メリットを楽天が享受するという形で決着すると予測する。

【フォローアップ1】
 新聞報道によれば、2010年3月5日東京地方裁判所は、買取価格を"1,294円"と決定した。これは、2009年3月31日(株式買取請求権行使日)におけるTBS株価終値である。
 「公正な価格」の算定基準日としては、A)組織再編の効力発生日、B)買取請求権行使日、C)それ以外、の3つが有り得る。レックスHD事件と日興シティ事件では、A)が支持されたと考えられている(注3を参照)。
 本地裁判決でも、A)が採用されたのであるが、公正な価格として算定基準日の終値ではなく、基準日までの1ヶ月VWAPが採用された。当該VWAPは1,255円で、TBS側が主張する1,294円よりも低いため、買取価格を1,294円と決定した。なんとも、格好の悪いロジックである。当社は、VWAPを使うべきでないと考えている。
 高裁では、1,351円という決定が下されると予測する。

【フォローアップ2】
 2010年7月7日、東京高裁第22民事部は地裁決定と同じく、買取価格を1,294円とした。しかし、その算出ロジックは全く異なる。
 高裁は、基準日を上記B(正確には、買取請求権行使期間の末日)とした上で、基準日の終値を「公正な価格」とした(注5)。(基準日については、こちらを参照。)
 つまり、"特段の事情がない限り、株価の補正は不要で、市場価格を公正な価格とみるのが、より合理的"であり、(価格決定が裁判所の裁量的判断であることを前提としても)"VWAPの採用は説明が困難というべきである"との判断を示した。
 機械的なVWAPの適用を阻止した判例として、重要な意義を持つだろう。
 東京高裁は、東京地裁とは異なり、ほぼ常に、理に適った判断をしているように思われる(注6)。
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【補1】
 税制改正により、2010年10月1日以降は、事後に株式買取請求権を行使して発行会社に買い取らせることを目的に株式を取得したものについては、「みなし配当課税」を適用しないものとされた(注7)ようである。

注1 "なかりせば"ルールは、日興コーディアルグループ株式買取価格決定申立事件(東京地裁平20(ヒ)第112号)でも主張されている。
注2 東京地裁では「TBS株価下落率はTOPIX下落率とほぼ同様」とされた。一方、東京高裁は、「TOPIXに比べてTBS株式の下落率は41.4%と著しく高い」と認定。しかし、それは認定放送持株会社化に起因しないとした。何があっても、持株会社化が価値を毀損したという結論は出さないはずである。
注3 TBSは、既存番組の低視聴率もさることながら、新番組の致死率も高い。
注4 日興コーディアルグループ株式買取価格決定申立事件では、公正価格の算定基準日を、"組織再編行為の効力発生日"としている。根拠として「会社法786条5項によれば、『株式の買取りは(組織再編行為-該申立事件では、株式交換-の)効力発生日に、その効力を生ずる』と規定されている」をあげている。なお、この考え方は、レックス・ホールディングス株式取得価格決定申立事件でも採用されている。したがって実務上、この考え方がコンセンサスを得たとみなして良いのではないだろか。
 これに対して、太田洋弁護士は、「そこまで言い切れない」との立場である:日興コーディアルグループ株式買取価格決定事件東京地裁決定の検討、商事法務No.1869、pp.4-16.
注5 商事法務1905号、p.71。
注6 東京高裁の判決には、"弁護士を驚かせた"判決も少なからずあるらしい(例えば、中村直人、実務家が驚く東京高裁の判決、日経ビジネス、2009年2月2日号、p.60)。しかし、商事法務1846号、p.62、等で「実務を震撼させた」と表現された東京高判平成20.7.9は、田中信隆弁護士によれば、"形式的"でなく"実質的"な見方さえすれば、驚くほどのものではない(田中、カネボウ控訴審判決の教訓、商事法務、1852号、pp.4-12)。
 なお前出の中村弁護士も寄稿文を「裁判所の心を知る努力が肝要」と結んでいる。
注7 太田洋、テクモ株式買取価格決定申立事件東京地裁決定の検討[下]、商事法務、1908号、p.53。

  
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